【Management Talk】「Supporting Doctors, Helping Patients.」医師の約半数が会員となる医療ど真ん中のIT企業が掲げるミッション
メドピア株式会社 代表取締役社長 CEO 石見陽(医師・医学博士)
医師の孤独を解決するコミュニティ
別所:まずは改めて御社の歴史や事業について教えてください。
石見:私は2004年にメドピア株式会社を創業しました。医者になってから5年目のことです。その後、2014年に東証マザーズに、2020年に東証一部(現・東証プライム)に上場しています。現在の従業員数は、グループ全体でみると約1000名規模で、主力サービスの『MedPeer』は、日本全国の医師の約半数に会員となっていただいています。
別所:創業から20年弱で大きく成長されていますよね。創業のきっかけはそもそもどんなところにあったのでしょうか?
石見:創業した2004年頃は医療不信が蔓延していました。医療ミスが頻発していましたし、それを隠蔽するという医療業界の体質も大きなバッシングを浴びていた。一方、当時の私は心臓カテーテルのスペシャリストを目指して東京女子医大に勤めていましたけれど、自分も周りの医師も、土日朝晩問わず一生懸命、身を粉にして働いていたんです。ハードワークで体を壊す人もいました。けれども、そうした献身のわりに、世の中からは疑いの目で見られるわけです。これでは苦労が報われませんし、モチベーションだって続かないでしょう。国として危うい状況だと感じていました。
別所:頑張っているのに疑いの目を向けられてしまうのは辛いですね。
石見:ええ。大きな危機感を持った私は、当時でいうソーシャルアントレプレナーのようなかたちで株式会社を起し、ビジネスとして収益を上げながらそうした問題を解決していこうと決心しました。会社のミッションとして定めたのは「Supporting Doctors, Helping Patients.」。つまり、医師をバッシングするのではなく支援しよう、と。医師を支援することは結果的にその先にいる全国民を救うことにつながります。当初は、サイドビジネスとして人材紹介会社に医師を紹介する事業をはじめましたが、2006年頃にビジネスに振り切ろうと決めて、2007年に現在の『MedPeer』につながる医師専用のコミュニティサイトを立ち上げました。
別所:コミュニティサイトという発想はどんなところからきたのでしょうか?
石見:医師を支援する方法は色々ありますが、私がコミュニティサイトを選んだ理由は、自分自身の臨床の実体験から医師が孤独だと感じていたからです。自分の専門領域なら周りに仲間がたくさんいるからまだそうでもないのですが、医師って他の科の先生には気軽に質問ができないわけです。けれども、患者さんは、お医者さんはなんでも知っていると思っていますよね。それはやっぱり辛い。だから、インターネット上に医師なら誰でも入れて気軽に質問や相談ができるコミュニティがあれば、自分だったら入るし、きっと他の医師からも必要とされるだろうと考えたわけです。
別所:医師の孤独を解決するコミュニティ。いいですね。
石見:最初は、こんなサービスがあったらいいなというところからはじまっているので、ビジネスモデルは考えていませんでした。だから、創業してからの8年間は赤字続きで大変で(笑)。ただ、いまから考えるとプラットフォームビジネスですよね。当時から、会員数が増えればなんとかなるはずだとは信じていました。というのも、日本国内には医師が約30万人いて、薬は約10兆円分が処方されています。薬は医師によって処方されるので、つまり、10兆円を30万人が動かしていることになります。当然、製薬会社はその30万人に対してアプローチしたい。ですので、結果的に私たちは、製薬会社のマーケティング支援がビジネスモデルになりました。現在でもそれが収益の柱となっています。
別所:製薬会社にしてみれば、これほどターゲティングができているプラットフォームはないですもんね。
石見:ありがとうございます。それも、単に医師を集めて薬の宣伝ができる場所を作るだけではなくて、先ほど申し上げたように、医師にとってのコミュニティ、ソーシャルメディアのような存在でありたいと常に意識してきました。たとえば、薬の食べログのようなコーナーもあります。ほとんどの医師は、製薬会社のMRさんから新しい薬が出ましたという説明を受けても、すぐに患者さんに処方しようとはしないんですね。やっぱり初めて処方するのは怖いんです。だから、まずは周りの先生の生の声を聞くんですね。そして、さらにたくさんの情報を集めたいというとき、まさに口コミサイトの出番です。『MedPeer』では、薬についての口コミを医師から集めてきて、それをほかの医師が見にくるという仕組みを作っています。私たちはそれを集合知と呼んでいます。
別所:まさに薬の食べログですね。
石見:そして、口コミの横に製薬会社が宣伝するスペースも提供しています。宣伝も価値があるんです。噛み砕いてダイジェストで教えてくれる情報はすごく大事ですから。もちろん、口コミは絶対に操作できません。医師は、その両方の情報を見ながら最適な判断ができるようになります。医師はこれらをすべて無料で利用できます。
別所:魅力的な無料サービスで医師を集めて、製薬企業からマーケティング予算を獲得しているわけですね。現在の売上高はどのくらいでしょう?
スピードアップする医療機関のDX
石見:今期の売上目標は146億円です。内訳としては、いまお話しした製薬会社向けのデジタルマーケティング支援がメインですが、昨年私たちは製薬会社のMRさんの派遣企業を買収しましたので、そこを新たな収益源にしたいと考えています。MRの業界では、ある製薬会社の名刺を持っているけれど、ほかの派遣会社に所属しているという働き方があるんですね。その業界3位の企業が私たちのグループに入ったんです。
別所:M&Aも大きな挑戦ですよね。それでは、今後のビジョンは?
石見:私たちは、「Supporting Doctors, Helping Patients.」というミッションからスタートしていて、冒頭で申し上げたように、『MedPeer』には医師の約半数が会員になっているという強みがあります。ですので、製薬会社のデジタルマーケティング支援にとどまらず、ヘルスケアのプロとの距離の近さを活かして、彼らと一緒に患者さん向けのサービスを提供していくのが次の方向性かなと考えています。
別所:具体的にはどんなことをお考えでしょう?
石見:さまざまな挑戦をしたいですが、もっとも注力するのは、医療ど真ん中の治療の領域です。ご存知の通り、ヘルスケア業界は規制産業で国がルールを定めているため、国の方向性を読みながらビジネスをしていくことが重要です。現在の医療ど真ん中といえば、健康保険証の廃止の話が挙げられます。今後、マイナンバーカードへの対応にあたって、病院やクリニック、薬局のDXは相当なスピードで進むでしょう。私はこれまでの経験上、なんとなく政府が政策を進めるスピード感を掴んでいたつもりだったのですが、ここ最近は、以前なら数年かけてやっていたことを半年で進めているイメージで、一気にスピードアップしています。もちろんコロナの影響もあったのでしょうけど、やはり、巨額の社会保障費に対する国の危機感の強さが根底にあると思います。もちろん、いきなり大きく減額はできないので、せめて現状を維持したまま、質を保ったまま効率化していくことが強く求められているわけです。それはすなわち医療機関のDXですね。たとえば、医療費の仕組みについて。かつては、ペイフォーサービス、つまり出来高払いだったため、極論を言えば、下手な医者ほど儲かってしまうこともある状況だったんですね。
別所:どういうことでしょう?
石見:たとえば、一回の治療で治せるレベルの患者を一回では治せずに、感染症をおこしたり、点滴が全身で必要になりましたとなってしまったときに、すべて出来高払いで医療費が支払われていたんです。さすがにそれは医療安全上もおかしいということで、数十年前から、いわゆる「DPC(Diagnosis Procedure Combination)」という定額制がはじまっています。大雑把にいうと、疾病によって支払われる医療費が定額で決まっていて、なるべく低いコストで患者を治療できたほうが利益は増えるという仕組みです。現在では多くの疾病についてそういう方向に変わってきているんです。
別所:そうだったんですね。
石見:しかしながら、それでもまだ医療費は削減しなければなりません。そうしたときに、マイナンバーカードと健康保険証の統合によって提供されるPHR(Personal Health Record)が大きな鍵になる可能性があります。PHRは、自分のPCやスマホで自分の健康情報が見られるサービスで、処方された薬の情報や特定健診のデータが管理できるようになっています。つまり、個々人の健康状態がデジタル化されるわけですね。それに伴って、政府もデジタルで情報を集約できるので、理論上は、ペイフォーバリューやペイフォーサクセスといったように、提供する医療の価値に対してお金を払う仕組みを構築できるようになります。極論を言うと、ある病気の治療をするときに、治ったらお金を払うけれど治らなかったら払いません、ということまでできるようになるかもしれないんです、あくまで極論ですが。いずれにせよ、医療機関のDXが今後急加速していくなかで、私たちとしては、データサービスど真ん中かどうかはわかりませんけれど、なんらかのかたちで病院やクリニック、薬局が連携するためのサービスを展開していきたい。そこに向けていま、アクセルを踏んでいるところです。
理念と利益の最大化
別所:僕の会社でも「LIFE LOG BOX」というデータ事業を展開しているので、今後、メドピアさんといろいろつながっていけるかもしれませんね。それでは、続いてブランディングについてもお伺いできればと思います。会社としてのブランドをどのようにお考えでしょうか。
石見:もちろん発するタイミングと相手次第というところはあるんですけど、基本的に私たちは、医療ど真ん中のIT企業だと自認しています。そして、ミッションというのはスタート地点なので、「Supporting Doctors, Helping Patients.」からずれる仕事を私たちはしません。すなわち、ヘルスケア業界から外れることには絶対に手を出さないです。私たちは、このミッションを起点に、さまざまな事業やコミュニケーションをとっていくわけですけど、よりインパクトの大きい仕事をこのチームでやっていきたいと常々思っています。
別所:まさに「Supporting Doctors, Helping Patients.」が会社の輪郭でありブランドであると。
石見:ええ。さらに言えば私は、理念と利益の最大化に大きな興味を持っています。ヘルステック業界には、理念が先行するタイプの企業が多いです。つまり、人命に関わる正しい仕事をしているので儲からなくてもしょうがない、と考えている会社です。その逆として、利益先行型で、売上のためには多少のグレーゾーンには目をつむって突き進むタイプの会社や業界もあります。私は、その両方とも違うと思っているんです。理念も利益も大切にして、振れ幅を持ちながらやっていけるからこそ、一番高いところにいけると信じている。私は、理念と利益を最大化するという目標を常に社内で謳い続けています。ですから、結果的には、それが社内向けのブランディングになっているのかもしれません。
別所:素晴らしいですね。ぜひそうしたメッセージを動画でも発信していただきたいです。僕の主宰する米国アカデミー賞公認の国際短編映画祭ショートショートフィルムフェスティバル & アジアでは、企業のブランディング動画をフィーチャーする「Branded Shorts」を運営しています。HR部門もありますし、製薬会社さんからのエントリーもあって盛り上がっているので、ぜひ今後機会があればブランデッドムービーの製作もご検討いただけたらなと思います。メドピアさんのムービーを観てみたいです。
石見:ありがとうございます。面白いですね。弊社もそうですが、医療関係者や病院には伝えるべきストーリーがたくさん埋まっているので、ショートフィルムの可能性は大いにあると思います。また、DXの話で言えば、新たなテクノロジーやサービスを導入する際、大きな障壁となるのは現場の抵抗感なんですよね。そこが最後まで残ってしまう。ですから、動画や物語の力によって、説明書や資料では伝え切れないテクノロジーの価値を描くことができたら、私たちのようないろいろなサービスを提供する会社にとっても大きな後押しになると思います。
別所:ぜひいつかご一緒できることを願っています。どうもありがとうございました。
(2023.10.18)
【石見 陽】
1999年に信州大学医学部を卒業し、東京女子医科大学病院循環器内科学に入局。 研究テーマは血管再生医学。医師として勤務する傍ら、2004年12月に会社を設立し、代表取締役社長に就任。2007年8月に医師専用コミュニティサイトを開設。日本の医師の約半数が参加する医師集合知プラットフォーム「MedPeer」へと成長させる。現在もヘルステック、医療の最前線に立つ、現役医師兼経営者。