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じぶんですすむ、という実感。

8歳の息子に、新しい自転車を購入した。

幼稚園から使っていた青い自転車は、もうサドルは禿げてハンドルは錆びて、ずいぶん使い倒した風貌をしている。
けれど我が家では、それはそのまま4歳の娘が使う運命にある。

自転車屋で会計をしながら、そばにいる娘に

「今度は自転車の練習してみようねぇ」

と言うと、娘は満面の笑みで

「うん! あのね、ぴんくの、ぷりんせすのじてんしゃがいい!」

と答えた。

・・・それはさっき見たアレよね。車体はリボンとレースをあしらって、カゴはサンドイッチを入れるバスケット風、タイヤにハートや星の反射板がちりばめられたプリップリなやつ。
兄が新しいものを買ったのだから、当然、自分も新品のものが使えると思っているのである。

「でも、まずは乗れるようにならなきゃね。おうちにある、お兄ちゃんの自転車に乗ってみてからね」

「うん!」

まだ信じている。
内心、どうしようかな、と思った。

ひとまず家に帰って、近くの公園まで自転車で行くことにした。

息子は新品の真っ白な自転車で、ふらふらと出発した。

「乗ってみようか? 青い自転車」
「うん」

娘は初自転車。最近流行りの、ペダルがないキック式自転車ではなくて、昔ながらの補助輪をつけて走る自転車だ。
でも、補助輪どこしまったっけ、という私の忘れっぽさと、補助輪つけるとガラガラって音うるさいよね、という主人の一言も相まって、最初から補助輪なしでトライすることにした。

私がハンドルをおさえつつ、娘は頭より二回りも大きいヘルメットをかぶって、初めてまたがる。

「いくよ。こいでみて。みーぎ、ひだり」

娘は初めてのことで、こぎ方が分からないようだった。ぐるぐると逆回転したり、半分こいでまた戻したり。そういえば三輪車も買ってやってないし、本当に初めて回すのかもしれなかった。
でも真剣に、じっとペダルを見て、足をぐるぐるさせている。
私はてくてくと自転車を押していく。

中腰のため、しばらくすると腰がジンジンして「ごめん、ちょっと一休みね、ふぅー」とかいいながら上体を起こさないといけない。
でもその間も、娘は全く同じ姿勢のまま、じっとペダルを見てぐるぐるしていた。
そのとき、たまたま娘がぎゅっと前に踏んだときに、自転車が少し前に動いた。

「おおっ、と」

自転車を抑えながら、ハッとした。
そうか。

「そうだ。次はお母さんが後ろに乗るから、こいでくれる?」

それまでは私が押す力で自転車は前に進んでいた。いわば娘の「ぐるぐる」は飾りだ。あってもなくても自転車は進む。
でも娘は「こぐ」という力と、「進む」という感覚が一致しないといけなかった。
ちょっと(いやかなり)重くなるけど、私が後ろに乗って、うまくこげたときにちゃんと進んだら、「こぐ」という感覚も分かるのかもしれない。

「はい、いいよー」

娘はいきなり重くなったペダルを空回りさせつつも、ぎゅっと踏み込んだ。
ぐい、とタイヤが回転する。

「おー、そうそう!」

勿論ハンドルは私も握っているし、私の両足で地面を蹴ってはいるから、全部ではない。
でも確かに、娘の力で少しずつ、自転車は進んでいった。

「すごいねぇ。よく頑張ったね。じゃあ、またお母さん押すね」

距離にして10メートルほどか。そして先ほどのように、私がガラガラ押していく形にしようとすると、娘はぷるぷると首を振って、にっこり笑った。

「うしろ、のってくださーい」

さっきのがいいらしい。
大変でも、進みが遅くても、「後ろにお母さんを乗せて進む」というスタイルを娘は選んだ。

「はいはーい」

そして再び荷台に乗る。
お尻が痛いし、前屈みなのでやっぱり腰は痛いけれど、娘は前以上に真剣だ。

時間がかかっても、いいんだな。
「自分で進む」って実感が、何より大事なんだろう。

そして息子より遅れること数十分、ようやく公園に到着した。

「すごいね。よく頑張ったね」

「うん。つぎは、ぴんくの、ぷりんせすのじてんしゃにのりたい」

やはり信じている。

「うーん。でも、この青い自転車もかわいいよ?」
「ぷりんせすのは?」
「そうだね・・・あっ、青い自転車に、かわいいシール貼る?」
「シール?シールはる!」

シールブームな娘は、ぴょんと跳ねた。
シールは万能だ。


その後、100均に寄って、かわいいシールをひとつだけ選ばせることにした。
でも選んだものは紙製のキラキラシールで、自転車に貼れるようなものではなかった。
それ自転車に貼れないよ、それ買ったら青い自転車は青い自転車のままだよ、それでもいいの?と聞くと、娘は、いいの、とうなずいた。

「あおくんは、あおくんで、そのままつかうの」

もういいらしい。
そんなもんか。

それでいいと決めたなら、それで進めてあげよう。
ちょっとでもお下がりの自転車をかわいくしてあげようと思った親心は、大して重要ではないようだ。

自分の選んだ道が、そのままつながる、という実感の方がきっと大事なんだろう。


キラキラシールは、帰るなりすぐ、ティッシュ箱やゴミ箱や、娘が貼ると決めた場所(かつ、貼ってもいいよと私が言った場所)にちりばめられた。

かわいいでしょ、と娘は満足げにティッシュを差し出した。

ぱっちりおめめのウサギがついた箱から、そうだね、と新しいティッシュを取り出した。

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