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はじめて買ったCDは、魔法騎士レイアース「ゆずれない願い」だった話。

小学生のころ、兄が初めて中島みゆきのCDを買った。

それがなんだか、すごく大人に見えた。
音楽を、買うなんて。

当時、私にとって音楽は「流れて消えていくもの」だった。

ピアノを鳴らせば音色になり、口ずさめば歌になる。
けれどそれらは形がなく、耳を流れて心地よく抜けていく。風や海や光のように、形として留めておくべき存在ではない気がしていた。昔、スズムシをカゴに入れたら死んでしまったときと同じ、音楽を手にすることは、特別で高尚な趣味に感じられた。

その一方で「私もいつかはCDを買うんだ」と思っていた。
形のない「音楽」というものに対価を払い、手にする。
それが大人になることだと。

あるとき、また兄がCDを買うというので、父と兄と私で本屋に向かった。
その車中、兄がしきりに「CDめっちゃいい」という話をする。好きな曲が何度でも聴ける。音質がいい。好きなアーティストのCDは少しずつでもそろえたい。
そのとき私は「私もCD買いたい」と口走っていた。
「はぁ?何買うんだお前。決めてんのか」

「えっと・・・えっと・・・」

「レイアースのやつ」

たまたま最近見ていたアニメの名前を挙げた。
確かに好きなアニメだったが、曲が好きという訳ではなかった。

「レイアース?あのアニメか。あんなんほしいんか」
「うん。いい曲だもん」

でもそう口にすると、いい曲な気がしてくるから不思議だ。
いい曲だった、好きな曲だった、ずっと前から欲しかった曲な気がする。

「ふうん」

そして本屋のCDコーナーに行き、はたと気づいた。
なんて題名だったっけ。
誰が歌ってたかな。

「・・・」

黒い背表紙が並ぶCDコーナーで、ただ漠然と、歌手も題名も知らないCDを探した。

レイアース、って書いてないかな。書いてないよなぁ。
なんて人だったかな。出てくる人たちの文字なんて、全然見てない・・・

「おい、ここのコーナーか」

先にお目当てのCDを見つけた兄が示したのは「アニメ主題歌」の平積みコーナーだった。
なんて親切。店員さんありがとう。兄も。

「アンパンマン」や「セーラームーン」が並ぶ横に、「レイアース」のCDも置かれていた。
ジャケットにはレイアースの絵柄は一切無く、悩ましげに額を抑えるセピア色の女性がいた。
ちょっと不安になったが、POPには確かに「レイアースOP(OPって何?)」と書かれている。
そこで初めて、田村直美という人、「ゆずれない願い」というタイトルをと知った。

「これ、ほしい」

と雑誌コーナーにいた父に持っていくと「おお。いいぞ」と、あっさり受け取ってくれた。

家に帰って、封を開けてみる。
初めて触るシングルCDは、薄くて、小さくて、きらきらしていた。

「後ろの面を触ったら聞けなくなるぞ」

兄に忠告され、恐る恐る真ん中の部分を押すものだから、余計に取れない。
思い切ってぎゅっと押すと、パチッと軽い音がして、手に収まった。

ひっくり返すと、傷ひとつない虹の円。
うわぁ。
この虹のむこうに、音楽があるんだな。

CDデッキに入れると、吸い込まれてゆく。

止まらない未来を目指して
ゆずれない願いを抱きしめて

わ、わ、
ほんとにアニメが始まるみたい!

音だけの世界に、アニメの映像がどんどん脳裏をかすめていく。
風になびく長い髪、異世界で戦う少女たちの勇ましい姿。

とま~♪ら~ない~♪みらいを~♪めざして~♪

どれだけ泣けば朝に出会えるの 孤独な夜

わー!2題目はじめてだー!
(注:富山県では「2番」のことを「2題目」という)
慌てて歌詞カードを見ながら歌詞を追う。

CD、CDってすごい・・・!

***

あれからしばらく、何度かCDを買った。
でもやっぱり「ゆずれない願い」に勝るものはない。

形となった音が、私の手元で解き放たれて、また私に夢を見せる。
それは何度でも、繰り返し見れる夢なんだと。

そう教えてくれた、最初の存在だから。


あの虹の眩しさ、音楽と一緒に流れてきたアニメの映像。
今でも鮮やかによみがえる。

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