【10分エッセイ】小田原評定

 会議が長くなってうんざり。しかも大切なことは何一つ決まっていない。そんな経験ありますでしょうか。話し合いは民主主義の根幹とはいえ、話し合いばかりでも物事は進みません。
 こういう長々と会議をしても何も決まらないことを小田原評定といいます。時は戦国時代後期。関東の雄、北条家が豊臣秀吉に攻められました。北条氏の本拠小田原では、これにどう対処するか喧々諤々の議論が交わされます。小田原城に籠城するか、それとも出撃して秀吉を迎え撃つか。しかし会議ばかりが永遠に続き、結局何もできないまま小田原北条氏は滅亡してしまいました。これが小田原評定の由来とされています。
 もちろんこれは後の世に面白おかしく脚色された話で、そもそもの小田原評定とは後北条氏の月2回の定例会議のこと。
 しかし会議が続いて結局何も決まらないことは昔の人も同じだったのでしょう。だからこそ小田原評定の話がリアリティを持って民衆にウケたのです。
 今も昔も悩みの種は案外似ているのかもしれません。

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