見出し画像

待合室にて

父の付き添いで病院に行くことが増えた。
いつ行っても混んでいる。

その病院ではまず機械で受付をし、受付票に印字されている番号で検査や診察の順番を案内される仕組みになっている。

父は今日1日「532番」と呼ばれる運命だ。

待合室の壁には大きなテレビ画面のようなモニターが数台設置され、そこに数字がずらりと並んでいる。

「今は○番の患者さんが診察中なのか」
「次は○番が呼ばれるんだな」
「お父さんはまだまだだなあ」
ひと目で分かるようになっている。

混雑した待合室で父と私は別々の離れたところに座った。

モニター画面を眺めていて気づく。
いくつかの番号がずっと変わらず点滅している。
「408番いないのかな」
「1803番はどこに行ったのだろう」
「1416番は……」

気になる。

モヤモヤしていると事務さんが待合室に小走りで現れ「408番の患者さまーー!!」「1803の番号札お持ちの患者さまーー!!」と大きな声を上げた。

広い待合室に充分ゆきわたるハッキリした声だ。

誰も動かない。


事務さんが今度は「お名前で失礼します。408番の○○さまーー!○○さまーーー!!」と大きな声で名前を呼んだ。

すると私の前に座っていた人があっさり立ち上がった。

……いるやないか!!!

事務さんの心の声が聞こえた気がした。
私も(おるんかーい!)と心の中でツッコんでいた。

父はというと、事務さんに連れて行かれる患者さんをニヤニヤした顔で眺めていた。

私たちは間違いなく親子だ…と思った。

少しずつ父の番号が近づいてきた。
(あと30分くらいかな…)と思った次の瞬間、

「はーーーーい!!」

ここが病院であることを忘れてしまいそうなほどの元気いっぱいわんぱくなお返事が聞こえてきた。

父である。

え!?あれ!?もう呼ばれたの!?
慌ててモニターを見ると「523」の数字が表示されている。
父は「532」だったはずだ。

離れた席の父に「お父さん!違うよ、まだだよー」と、よそ行きの優しい声で呼びかけながら後を追うがわんぱくジイさんの足は速く耳は遠い。
勇ましい足取りでズンズン診察室に向かっていく。

遠慮がちに立ち上がり、どうしたら良いか迷っている上品なご婦人が目に入る。
本物の「523」さんなのだろう。 
「あのわんぱくを今すぐ何とかしますから少しお待ち下さいね」と申し訳ない気持ちになる。

「お父さァァァーーん!!
番号まちがってっからァァァァァー!!」


なりふり構わず大声で父を呼び止める。
私は学生時代に応援団の副団長をしていたので声出しは得意である。
おそらく院内中に私の声が轟いたはずだ。

副団長の声は父にも届き、受付票と画面を何度か確認してようやく間違いに気づいてくれた。
父がズコー!という仕草をして笑っている。

その後も行方不明の患者さんは事務さんに大声で名前を呼ばれ、とある患者さんは5分おきに「まだですか」と聞きに行っては事務さんを困らせ、何度か呼ばれているのに毎回そのタイミングでトイレや売店に行ってしまっている間の悪い患者さんもいたり…

今までは病院での待ち時間を「暇だなあ。長いなあ。」と思っていた。
しかしよく見ればあちこちで色々なことが起きており、さほど退屈せずに過ごせるものだな…と思い直した。

また、事務さんや看護師さんの温かく細やかな対応を観て「本当にありがたいな」と思うと同時に、自分の「看護師」という仕事をやっぱり好きだなあ!と532番の娘はつくづく思うのであった。