好きなので
通勤途中の道にお気に入りの木がある。
相変わらず今日もキレイだ。
いそいそと杖(長い距離を歩く際は私は杖歩行である)を股の間に挟み、首からぶら下げたスマホで写真を撮る。
あちこち向きを変えて夢中で撮る。
するとである。
いつのまにか年配女性が私のすぐそばで一緒に木を見上げているではないか。
まずい。これはまずい。
これまでも何回か同じようなことがあったので私にはこの後の展開が手に取るように分かる。
「何を撮ってるの?」
「鳥でもいるの?」
「珍しい木なの?何ていう木?」
「花は咲くのかしら?」
…まずい…知らない。
驚くほど私は何も知らないのである。
くわえて私は恥ずかしがり屋さんである。
股に杖を挟んでいるが恥ずかしがり屋さんだ。
「あの…木を撮っていて…葉っぱがキレイで…」とモジモジ答えるのが精一杯だ。
目の前の優しげな女性の心の声を私が代わりに言おう。
「そんだけ〜〜!!!!」
ガッカリ感が伝わってきてつらい。
さらに気を遣わせ「今日は風が強いから空気が澄んでてキレイね、本当ね~。足お大事にね。」と粋なコメントまでさせてしまいつらい。
女性は会釈をしてそそくさと去っていった。
木の名前も知らない。
鳥が集まるのかどうか知らない。
花が咲くのか実がなるのかも知らない。
でも好きなのである。
なぜ好きなのかも分からない。
好きだから好きなのだ。
あの女性に「この木が好きなんです、と言ったほうが良かっただろうか」と思ったが、それはそれでまたあの優しい女性に気を遣わせてしまいそうだな…とも思うのであった。