新人さん
今年もたくさんの新社会人さんがバッキバキのガッチガチに緊張しながら、それぞれの場所でお仕事を始めている頃だろう。
新人さんを迎え入れる側となってから随分たつが、迎え入れる側も新人さんと同じようにこの季節は緊張する。
つらい実習や大量のレポートや難しい勉強を何とか乗り越えて看護師という資格を取り、この職場へと配属されてきたのだ。
看護師の資格を取っただけではまだ看護師ではない。
ここから少しずつ看護師へと育っていく。
新人さんが1人前の看護師となり、看護という仕事を少しでも楽しく長く続けられるよう、迎え入れる側も新人さんをサポートしていく責任がある。
今の私があるのも先輩ナースや医師、そして患者さん達が根気強く私のことを育ててくれたからなのだ。
精神科急性期、閉鎖病棟。
この病棟を自ら希望して配属されてくる新人さんもいれば、そうでない新人さんもいる。
自らの希望で配属された新人さんは初日から瞳の輝きが違う。
もちろん緊張もしているが挨拶の声もハリがありイキイキしている。
やる気!元気!あり余るやる気!!
という感じだ。
きっと私もこんな感じだったのだろう。
期待で胸と白衣がはちきれそうだった。
特に腰回りと脇の下あたりがはちきれそうだった。
一方、希望の部署への配属が叶わず何の因果か閉鎖病棟へと配属されてしまった新人さんはというと。
不安。そして不安。泣いて良いですか!!
という面持ちである。
無理もない。
泣いてもらって全然かまわない。
そんな「希望しなかったのに配属されちゃった新人さん」の中でも特に印象に残っているナースがいる。
初日の顔合わせのときに
「せ、精神科だけは…ウッウッ…絶対に…ウッ……イヤだったんですけど…ウッウッ…今もまだ…つらいんですっ…けど…ウッ…でも、頑張ります。」
と豪快に泣きながら挨拶した新人さんだ。
……そんなに!?
たしかに泣いても構わないとは言ったけど、ここまで泣くかね!?
すごい泣くじゃん!!
最後の「頑張ります」の頃には号泣に近かった。
婦長さんも私たちも思わず笑ってしまいそうだった。
あんなにも涙に濡れた「頑張ります」を見たことがない。
……いや、待てよ。
どこかで見たことがある。
レコード大賞授賞式だ。
これは新人賞授賞だ。
お母さんに後ろから肩を抱かれ、泣きながら歌うアイドル。
そのアイドルが涙声でしぼり出す「頑張ります」だ。
そんなレコ大新人ナースの指導を私が担当することになった。
「これは大変なことになったぞ。」と思った。
数週間も経つと、さすがに泣きながら病棟内をウロウロすることはなくなったが「じゃあコレそろそろ1人でやってみようか」と促すとレコ大新人ナースは大きく首を横に振った。
「今日はまだ一緒にお願いします…」
「まだ1人では無理です……」
レコ大新人ナースよ、気持ちは分かるが毎回お母さんが肩を抱きながらステージに立つわけにはいかない。
1人でステージに立ち、震える手でマイクを握り、上ずる声でも歌いあげなければいけないのだ。
私は心を鬼にして
「大丈夫!!絶対できっから!!」
とレコ大新人を突き離した。
彼女には日本の歌謡界を背負って立ってもらいたいのだ。(?)
突き離したが必ず背後に身を潜めて彼女を見守った。
自分の仕事をしながらレコ大新人のことも尾行して、コートの襟を立てアンパンと牛乳を手に彼女を見守る日々が続いた。
予想どおり、彼女は全く問題なく対応できていた。
彼女は精神科への就職がイヤだった理由を「怖いから」と話していた。
「患者さんの気持ちが分からず、どう対応したら良いか分からないから。」と。
それなら、と私は彼女に尋ねた。
「一般科では患者さんの気持ちが分かった?」
彼女は黙ってしまった。
人の気持ちなんてなかなか分からない。
それは精神科でも一般科でも同じではないだろうか。
だからただひたすら「知ろうとする気持ち」や「理解しようとする姿勢」を患者さんに示し続けるしかない。
そんな話を彼女に伝えた。
彼女は真剣に患者さんと向き合っていた。
いつも患者さんの言葉を丁寧に掬い上げ、些細な表情の変化や仕草もこぼさず拾い上げていた。
次第に患者さんからも信頼される人気のナースとなっていった。
あれほど泣いていたレコ大新人が、数年後には病棟行事の出し物でバレリーナ姿(白鳥の頭がビヨーンと付いたやつ)で患者さんを喜ばせるまでに成長するなんて誰が予想しただろう。
あの号泣の挨拶は盛大な前フリだったのだろうか。
あの日、泣きながら挨拶していたあの子に伝えてあげたい。
「あなた、数年後には白鳥バレリーナで♪いっちょめいっちょめワァ〜オ♪するから大丈夫。」と。
今は不安で不安で仕方がない「新人さん」たちが、皆いつの日か「新人」と呼ばれていた時代を懐かしく思い出す日が来ますように。
白鳥バレリーナにまでなる必要はないが、あのくらいのゆるさで「そのうち何とかなるだろ〜う♪」と日々を過ごせますように。
そんなことを願う春である。