ぼくの初恋
ぼくが初めて人を好きになったのは高校生の時でした。
ぼくは、高校に入ってから、ろくに勉強もせずに、休みには、詩ばかり書いていました。弟と2人で小さな部屋をもらっていて、勉強机は白い壁に向かっていました。壁の汚れの模様に向かって、なにか詩ができないかと、そんなことばかりを考えていました。
そんなわけで、成績はどんどん落ちていったんです。
それまでいちばん好きだった数学にも、とうとう追いついていけなくなり、おとなしいのにプライドだけは高くて、勉強をしていないのに劣等生になるのがいやで、自然と、学校へ行くのがいやになってきました。
それで、学校へ行くフリをして、家を出て、そのまま神保町の本屋街を一日ぶらぶらしていました。当時、東京堂の二階には、椅子がいくつか置いてあって、その椅子に座って何時間も過ごしていました。だれかに「今日は学校へ行かないの?」と聞かれたら、どう答えようかとか、そんなことを考えていました。
でも、さぼりは何週間後にばれて、仕方なく、また学校に行くようになりました。
でも、劣等生であることは変わらず、相変わらず詩のことばかり考えていました。
そんなある日、昼休みの校庭で、小柄で、とてもかわいらしい女性に目が釘付けになりました。下級生でした。女性ばかり数人で話をしている中に、その人はいました。
ぼくはただ見とれていました。恋に落ちました。
それからは、学年が違うので、その人を見ることができるのは、昼休みの校庭とか、全校生が集まる講堂での集会の時くらいでした。
でも、おそらくその人は、ぼくがいつもその人を見つめているということを、気づくようになったようです。
というのも、こちらが探すまでもなく、昼休みには、ぼくの前にきっと現れてくれました。また、全校集会でも、ぼくの席の数列前の席に、つまりぼくが見ることのできる席に、必ず座ってくれたのです。
話しかけることなんてできませんでした。ただ見ているだけで幸せでした。なにもかもを忘れていられました。
学年が違っていましたから、名前を調べるのに苦労をしました。
それだけの話なのですけど、一つ不思議な出来事がありました。
ぼくが高校を卒業して、数日後だったと記憶しています。その日、何か目的があって、神保町のあたりを歩いていたのです。本を探していたのかもしれません。そのあと、少し道を外れて歩いていました。飯田橋駅へ向かっていました。
卒業した高校からは少し距離が離れた道でしたし、通学する道ではありませんでした。単に、たまに歩いたことのある坂道でしたから、知っている人に会うことはありません。
その人のことを考えていました。たぶん、もう二度と会うことはないだろうと思いました。
と、そんなことをうっとり考えていたら、向こうから、その人が歩いてきました。驚きました。どきどきしました。休日だったので私服でした。はじめて、私服の彼女を見ました。
こんな偶然があるのかと、ほんとに驚きました。その人をもう一度見ることができるように、まるで、ぼくがその日にそこを歩くことを知っていたかのように感じました。
すれ違うときに、その人はほんのりと笑っていました。
最後のチャンスでしたが、ぼくは声をかけることができませんでした。
そして、何年も経って、ぼくは初めての詩集を出しました。詩集のタイトルには、その人の名前を入れました。
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