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俳句を読む

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2024年6月の記事一覧

俳句を読む 62 塚原治 退職の言葉少なし赤き薔薇

退職の言葉少なし赤き薔薇 塚原 治

若い頃は、人と接するのがひどく苦手でした。多くの人が集まるパーティーに出ることなど、当時の自分には想像もつかないことでした。けれど、勤め人を長くしているうちに、気がつけばそんなことはなんでもなくなっていました。社会に出て働くということは、単に事務を執ることだけではなく、職場の人々の中に、違和感のない自分を作り上げる能力を獲得することでもあります。ですから、

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俳句を読む 61 稲畑汀子 花火消え元の闇ではなくなりし

花火消え元の闇ではなくなりし 稲畑汀子

だいぶ前のことになりますが、浦安の埋立地に建つマンションに住んでいたことがあります。14階建ての13階に部屋がありました。見下ろせばすぐ先に海があり、夏の大会では、花火は正面に打ち上げられて、大輪の光がベランダからすぐのところに見えました。ただ、それは年にたった一夜のことです。この句を読んで思い出したのは、目の前に上がるそれではなく、我が家から遠くに見

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俳句を読む 60 飴山實 金魚屋のとゞまるところ濡れにけり

金魚屋のとゞまるところ濡れにけり  飴山 實

そういえばかつては金魚を、天秤棒に提げたタライの中に入れ、売っている人がいたのでした。実際に見た憶えがあるのですが、テレビの時代劇からの記憶だったのかもしれません。考えてみれば、食物でもないのに、小さな生命が路上で売り買いされていたのです。たしかに「金魚」というのは、命でありながら同時に、水の中を泳ぐきれいな「飾り物」のようでもあります。掲句の意味は

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