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俳句を読む

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2024年5月の記事一覧

俳句を読む 59 久保田万太郎 夏場所やひかへぶとんの水あさぎ

夏場所やひかへぶとんの水あさぎ 久保田万太郎

掲句を読んでまず注目したのは「水あさぎ」という語でした。浅学にも、色の名称であることを知らず、いったいこのあざやかな語はどういう意味を持っているのだろうと思ったのです。調べてみれば、「あさぎ」は「浅葱」と書いて、「みずいろ」のことでした。さらに「水あさぎ」は「あさぎ」のさらに薄い色ということです。そういわれて見れば、「水あさぎ」という音韻は、

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俳句を読む 58 飯田龍太 嶺暸かに初夏の市民ゆく

嶺暸かに初夏の市民ゆく 飯田龍太

かつて、清水哲男さんから、俳句の鑑賞をしてみないかと誘われて、それまで句を読む習慣のなかったわたしは、にわかに勉強を始めたのでした。ただ、広大な俳句の世界の、どこから手をつけたらよいのかがわからず、とりあえず当時の勤め先近くの図書館の書棚に向かい、片っ端から借りてきて読んだのです。そんな中で、もっとも感銘を受けたのが、飯田龍太著『鑑賞歳時記』(角川書店

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俳句を読む 57 加藤楸邨 覗きみる床屋人なし西日さす

覗きみる床屋人なし西日さす 加藤楸邨

引越しをした先で、ゆっくりと見慣れない街並みを眺めながら地元の床屋を探すのは、ひとつの楽しみです。30分も歩けばたいていは何軒かの床屋の前を通り過ぎます。ただ、もちろんどこでもいいというものではないのです。自分に合った床屋かどうかを判断する必要があるのです。ドアを開け、待合室の椅子に座り、古い号の週刊文春などをめくっているうちに呼ばれ、白い布を掛けられ、散髪

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俳句を読む 56 菖蒲あや  路地に子がにはかに増えて夏は来ぬ

路地に子がにはかに増えて夏は来ぬ 菖蒲あや

長年詩を書いていると、あらかじめ情感や雰囲気を身につけている言葉を使うことに注意深くなります。その言葉の持つイメージによって、作品が縛られてしまうからです。その情感から逃れようとするのか、むしろそれを利用して取り込もうとするのかは、作者の姿勢によって違います。ただ、詩と違って、短期勝負の俳句にとっては、そんな屁理屈を振り回している暇はないのかもしれ

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俳句を読む 55 東野佐惠子 平凡といふあたたかき一日かな

平凡といふあたたかき一日かな  東野佐惠子

もちろん平凡な毎日が、ただのんきで、何の気苦労もないものだなんてことはあるはずがありません。そんな人も、まれにいないことはないのでしょうが、たいていの人にとっての平凡な一日というのは、たくさんの辛いことや、みじめな思いに満たされています。それでもなんとかその日を踏みとどまって、いつもの家に帰り着き、一瞬のホッとした時間を持てるだけなのです。でも、その辛

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