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俳句を読む

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2023年11月の記事一覧

俳句を読む 30 角川源義 秋風のかがやきを云ひ見舞客

秋風のかがやきを云ひ見舞客  角川源義

2005年の年末に、鴨居のレストランで食事をしているときに、突如気持が悪くなって倒れてしまいました。救急車で運ばれて、そのまま入院、検査となりました。しかし、検査の間も会社のことが気になってしかたがありません。それでもベッドの上で、二日三日と経つうちに、気に病んでいた仕事のことが徐々に、それほど重要なことではないように思われてきました。病院のゆったりとした

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俳句を読む 29 夏石番矢 涙腺を真空が行き雲が行く

涙腺を真空が行き雲が行く 夏石番矢

絵画や音楽の魅力を、詩や俳句に引き移してみるという試みは、容易ではありません。たいていの場合、思うほどにはその効果を出すことができないものです。ジャンルの違いは、それほどに単純なものではないようです。せいぜいが発想のきっかけとして、利用するに留めておいた方がよいのかもしれません。掲句の「雲」から、マグリットの絵を連想した人は少なくないと思います。連想はしま

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俳句を読む 28 秋元不死男 口中へ涙こつんと冷やかに

口中へ涙こつんと冷やかに 秋元不死男

季語は「冷やか」です。秋、物に触れたときなどの冷たさをあらわしています。しかし、この句が詠んでいるのはどうも、秋の冷やかさというよりも、個人的な出来事のように感じられます。なにがあったのかはわかりませんが、目じりから流れ出た涙が、頬を伝い、口へ入ってゆくことに不思議はありません。しかし、口をわざわざ「口中」と言っているところを見ると、かなりの量の涙が口の

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俳句を読む 27 脇屋義之 夕刊に音たてて落つ梨の汁

夕刊に音たてて落つ梨の汁 脇屋義之

梨を食べた汁が新聞に落ちる、それだけのことを描いただけなのに、読んだ瞬間からさまざまな思いが湧いてきます。句というのは実に不思議なものだと思います。たしかに梨を食べるのは、日が暮れた後、夕食後が多いようです。一日の仕事を終えてやっと夕飯のテーブルにつき、軽い晩酌ののち、ゆっくりと夕刊を開きます。そこへ、皿に載った四つ切の梨が差し出されます。蛍光灯の光が、大振り

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俳句を読む 26 石原吉郎 ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる

ジャムのごと背に夕焼けをなすらるる  石原吉郎

先日も休日出勤の帰りに、横浜へ向かう東横線の中で、つり革につかまったまま正面から顔を照らされていました。夕焼けといえば、本来は夏の季語ですが、どの季節にも夕焼けはあり、季にそれほどこだわることもないかと思い、この句を取り上げました。その日の東横線は、ちょうど多摩川の鉄橋を渡っているところでした。急に見晴らしがよくなった土手の向こうの空から、赤い光が

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俳句を読む 25 皆吉司 くちばしがふと欲しくなり秋日和

くちばしがふと欲しくなり秋日和  皆吉 司

                          今や多くの家が犬や猫を飼うペットブームですが、私が子供の頃には、家で飼っている生き物といえば、せいぜい金魚や小鳥でした。もちろん、それほどに心を通わせることはなく、生活する場の風景のようにして、そちらはそちらで勝手に生きているように思っていました。それでも、からの餌箱をつつくすがたに驚き、あわてて餌を

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俳句を読む 24 岡本眸 温めるも冷ますも息や日々の冬

温めるも冷ますも息や日々の冬 岡本 眸

俳句に限らず、日々の、なにげない所作の意味を新しい視点でとらえなおすことは、創作の喜びのひとつです。作者自身が、「そうか、そんな見方があったのか」と、書いて後に気づくこともあります。掲句を読んで最初に感じたのは、なるほど「息を吐く」ことは、ものを温めもし冷ましもするのだったという発見でした。そしてこういった句を読むたびに、どうしてそんなあたりまえ

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俳句を読む 23 辻桃子 右ブーツ左ブーツにもたれをり

右ブーツ左ブーツにもたれをり 辻 桃子

                          季語はもちろんブーツ。なにしろこの句にはブーツしか描かれていません。その単純明快さが、読んでいて頭の中をすっと気持ちよくしてくれます。我が家も私以外は女性ばかりなので、冬になるとよく、このような光景を目にします。ただでさえ狭いマンションの玄関の中に、所狭しと何足ものブーツがあっちに折れ

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