【不惑】40歳を迎えたおじさん【アラフォー】

ドイさん発のアラフォー企画。ちょうど40歳になった僕にとってスルーは出来ない話題でしたので、乗っからせていただきます。


①22歳の自分からみた40歳の自分

22歳、新入行員。
その頃の僕には40歳がどういうものなのか想像もつかなかったですし、それ以前に40歳の自分を想像しようという発想すらなかったです。

その当時の40歳の方々はいわゆる役席(銀行員がよく使う役職を表す言葉、一般的には「中間管理職」という言葉がわかりやすいですね)で自分の上司でした。
彼らの悩みがどんなものかわかりませんでしたし、悩みなんてないんだろうなとさえ思ってました。


②30歳の自分からみた40歳の自分

30歳、この頃には結婚して子供もいました。
新入行員の頃よりは仕事にも慣れてきて、40歳という年齢も近づいてきたのでだいぶ40歳への解像度も高まってきたはずなのです。

が、いかんせん最も業務に忙殺される中堅行員という立場のせいか、視野は新入行員の頃よりも狭く近視眼的になっており、とにかく目の前を仕事をさばくのに精一杯でした。


③40歳の自分からみた40歳の自分

そして40歳の現在。
①②で書いた通り、自分自身で40歳になった時の自分はどうだのこうだのと真剣に考えたことがなかったので、今の自分が予定通りなのかギャップがあるのかわからないというのが正直な感想です。

綺麗に書けば「日々必死に生きてきた」
オブラートに包まなければ「行き当たりばったりの人生」


ここまで読んで「なんじゃそりゃ?」と思った方。

ここまで書いた僕が一番「なんじゃこりゃ?」と思っています。


でもよく考えてください。
実際10年後20年後の自分を想像できる人、どれだけいますか?

その想像の自分と実際の自分とにギャップが生まれたら、都度そのギャップを埋めるために動けている人、どれだけいますか?

そしてそのギャップを実際に埋められている人、どれだけいますか?


多分、「はい!できています!」という人はそんなに多くいないですし、そういう人は、そもそもこんなnoteを読もうとは思いません。


別にそのままのあなたで大丈夫と言うつもりはありませんが、人生で言えばまだ折り返し地点。社会人としてもおそらく折り返し地点。

かつて孔子は40歳という年齢を「不惑」とあらわしましたが、凡人の我々は40過ぎても惑うことばかりです。

それでも「もう40だから」と簡単にあきらめず、不格好にあがき続けることが今必要なのではないのでしょうか?


あなたにも、私にも、まだ挽回する時間はあります。

40歳、それはまだあがき続ける年代。



「勝った負けたは、もっと長い長い人生の末路で判断してもいいと思うぞ」

出典:麻雀飛竜伝説 天牌 49巻


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