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人的資本の開示のポイントは? ー 機関投資家が本当に知りたいのは、女性管理職比率などの些末な情報ではないです

本日はコーポレートガバナンスに関して、ここ最近注目を浴びている人的資本の開示について、極めて実践的なことについて説明したいと思います。

人的資本とは、人への投資のことをいい、23年3月期の有価証券報告書から、人材育成や社内環境整備のための投資、目標などの開示が求められているところです。勿論、統合報告書や中期経営計画において、数年前から人的資本の開示を進めている企業も多いところではあります。

けど課題だなあと思うのは、女性管理職の登用、男性の育休取得、離職率、社内の研修時間などの開示に熱心が企業が多い印象を強く受けますが、機関投資家の意図を理解していない企業が多いのではと思っています。

私はこれまで多くの機関投資家とエンゲージメント(対話)を行ってきましたが、たしかに、2年ほど前から対話の中で「女性社員比率はどの程度ですか?」「女性管理職比率は低いですね」などと言われることがあります。

けど、それ以上にこれらについて深く議論になったことは一度もありません。理由は単純で、機関投資家も女性管理職比率が多少向上したり、社員の研修時間が多少増えたところで、その企業の収益が大きく上がるとは誰も思ってはいないのです。
そりゃそうですよね。管理職比率について言えば、男性だろうが女性だろうが、その会社しか知らないプロパー社員であれば、その会社の固有の文化にどっぷり染まっており、物事の発想は基本的に同じであり、男女の違いなど大差はないのです。サラリーマン人生の年数が長いほど違いはなくなります。ただ、機関投資家も運用資金を公的年金などから委託されている以上は、投資先企業のこれらの比率を少しは気にする必要があり、質問せざるを得ないのです。

では、「なんだ、機関投資家は人的資本に関心がないのか?」となるとそれは「NO!」です。関心はありますが、関心の対象が企業が考えるところと違うのです。機関投資家の関心のある事項は何かというと、次の5点と思います。これが大事です。

1 5~10年後の企業の姿、事業ポートフォリオ
2 そこに至るに必要な人材、特に部長級以上の要件定義は何であるか
3 それらの人材をどう採用するのか(社内異動または中途採用)
4 採用した後、どういうキャリアパスで育成するのか
5 その人材のインセンティブを保つための給与体系はどうか

多くの機関投資家と対話をすると共通して、概ねこの5点が彼らの関心事項です。有価証券報告書や企業の中期経営計画などを見ると、「社員全員の教育に取り組みます」「社員の研修に金をかけています」「多様な人材の育成に取り組みます」とかいう抽象的な内容の乏しい人的資本の開示をする企業を見ますが、こんな内容は機関投資家にとっては、「お子ちゃまの開示文」ような内容にしか映りません。

では、何でこういうお粗末な開示になるのでしょうか?

それは、人的資本の開示を人事部門のみに任せているからだと思います。資本市場と対話をするのは人事部門の仕事でないので、人事が市場の考えを理解できないのは、やむなしというところではありますが。人的資本の開示を人事部門のみに任せると投資家の観点は抜けてしまい、どうしても社内の全社員向けの開示文になる傾向が高いです。

ではどうすればよいかというと、やはり機関投資家と対話をする部門が人事部門にアドバイスをして、人事部門はそのアドバイスを真摯に聞き、その上で人事戦略を策定する姿勢が大事だと思います。特に、人事部門が策定した戦略を開示する段階では強い連携が必要です。

整理しますと、女性の管理職比率や育休取得率が他社より多少高い、低いなどもはや誤差のレベルの話であって、他社より管理職比率が10%程度高くでも、企業の収益には大きな影響はないはずです(もっとも、BToCで女性消費者が顧客の半分を占める企業は別かも知れませんが)。

企業の持続的成長で重要なのは上記の5点です。個人投資家や個人株主の方は、投資先企業の管理職比率や育児休暇取得率などは無視して(少し言葉は乱暴ですが)、先ほどあげました事項について、自分の投資先企業にしっかりと質問するのが中長期投資において大事かと思います。