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企業価値向上を投資先企業に促すためのコーポレートガバナンス・コードの使い方(第3回) ー 政策保有株式の保有の合理性とは?保有する意味はあるの?


政策保有株式が例外的に許容されるケース

前回、政策保有株式については純資産額の10%、20%を超える多額の保有であるか否かに関わらず、ゼロに至るまで縮減を企業に求めることは資本市場の考えにあっていることを説明しましたが、今回はこの続きです。ちなみに、前回の内容は次のとおりです。

おさらいになりますが、政策保有株式に関するコーポレートガバナンス・コードの趣旨は次の3つです。

  • 第1:企業は政策保有株式を縮減せよ

  • 第2:保有するとした場合、保有に合理性があることを開示せよ

  • 第3:保有する場合、議決権行使基準を策定して、その基準に即した適切な議決権行使をせよ

縮減が基本方針ですがこの例外があります。それは政策保有株式を持つことに合理性がある場合です。「当社は合理性があるので政策保有株式を保有しているんだ」ということであれば、保有も例外的に許容されるが、その場合には保有することの合理性の理由を開示せよということです。

保有の合理性って何?

ここで大事なのは、保有の合理性とは何ぞや、ということです。

明確なことはコーポレートガバナンス・コードには規定はありませんが、縮減せよという状況下で保有するわけですから、例外扱いをするに足る十分な理由が必要になります。株式の保有が取引の継続に必須である、配当金による高いリターンがあるなどの理由です。

その企業の株式を保有することが自社の収益にプラス影響を与えていることを合理的に説明できることが必要です。見方を変えますと、政策保有株式を売却することが自社の事業運営にマイナス影響を与えるということであれば政策保有株式の保有が合理的と言えるのだと思います。

多くの企業の政策保有株式の保有は合理性ありと言えるのでしょうか?

政策保有株式の保有理由は有価証券報告書に記載することが求められています。「純投資目的以外の投資株式」という欄に銘柄、株式数などと併せて、保有目的の記載が必要になります。ここで開示されている保有目的の内容が果たして合理的と言えるか否かで判断することになります。

では、多くの企業の有価証券報告書での保有目的の記載はどうなっているかといいますと、「取引関係の維持・強化のために保有」「安定的な営業取引を図る目的で保有」等の記述がされています。この開示で合理性があると言えるでしょうか? 

正直なところ分かりませんよね。「取引関係の維持・強化のために保有」とあるだけでは、株式を保有することがどうして取引関係の維持・強化に繋がるのかの大事なところが不明です。とても合理性のある開示とは言えないように思います。多くの企業の開示はこれと似たような表現がかなり多いですが、これは多くの機関投資家が課題と考えているところでもあります。

では、どういう開示が良いのかというと、(株)ディー・エヌ・エーの有価証券報告書での開示などが1つの参考になります。たしか金融庁での好事例でも紹介されていたような気がします。

当社と任天堂株式会社は、2015年3月17日に、グローバル市場を対象にしたスマートデバイス向けゲームアプリの共同開発・運営及び多様なデバイスに対応した会員制サービスの共同開発に関する業務・資本提携を締結しています。こうした業務提携を行うにあたり、各々の事業に対する相乗効果と中長期に渡る関係強化を図るうえで、両社は資本提携を行っております。また、当社は、「第2 事業の状況 1 経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」にも記載のとおり、ゲーム事業では、外部有力パートナーとの提携関係に基づくタイトルの開発・運営や、グローバル市場も視野に入れたタイトル展開等に注力しております。また、任天堂株式会社と当社は、8年以上の積み重ねを基盤に、例えば、両社の合弁会社であり、任天堂株式会社のビジネスのデジタル化強化を目的とした研究開発及び運用と付加価値創造を行うニンテンドーシステムズ株式会社を設立する等、両社間の関係の強化も進めております。

これが百点満点かというとそうではないかも知れませんが、単に「取引関係の維持・強化のために保有」という意味不明な開示に比べると保有の意義が伝わる開示と言えるのではないでしょうか。

本当のところ企業は政策保有株式を持つ意義はあるの?

これまでの日本の企業社会では、商取引をする当たって株式を持つことは、ある意味名刺交換のようなもので、取引上の慣習でした。これが何十年と続いたのです。この慣習が変わる時期となった2018年頃は大変でした。

複数の機関投資家と話をしたところ、2018年にコーポレートガバナンス・コードが改訂され、政策保有株式の縮減が規定された当時は、政策保有株式の売却を企業の営業部門の方が得意先の調達部門に話をしにいくと「株を売るなどけしからん!オタクとは取引をやめるぞ!」と怒られたという企業もあったようです。「政策保有株式の売却=取引が切られる」ということであれば、たしかに保有することは合理性があるとも言えますね。

けど、それから数年が経過し、時代は変わりました。最近ではこのような理不尽な話もあまり聞かなくなったようです。2018年当時は取引先の調達部門は「コーポレートガバナンス・コードって何?」でしたが、その後は、社内の関係部門からの教育もあり、理解がだいぶ浸透したのだと思います。

このようなことから、この数年で政策保有株式の売却(縮減)がかなり進んでいますが、売却で取引にマイナス影響が出たという話は耳にしたことはありません。実際には、マイナス影響の出た企業も中にはあるのかも知れませんが、この数年間でだいぶ数は減っていると多います。

であれば、このご時世、資本・業務提携等の例外的な場合を除いて、政策保有株式を持つことの合理性は「ない」と言えるのではないでしょうか。

おさらい - 個人投資家が企業に提案できること

まず、個人投資家・個人株主は投資先企業の有価証券報告書を確認します。そこに記載の保有の理由が不明な場合、IR部門に問い合わせをして保有の理由を聞きます。

その説明に納得がいかない場合には、質問の相手をエスカレーションして、投資先企業の株主総会等で議長に説明を求めるということになるのだと思います。株主総会とは、株主が経営をゆだねている経営陣との対話の場です。アセットオーナー(株主)とアセットマネジャー(経営陣)のような関係と言ってよいかと思います。

従いまして、個人株主の方は、投資先企業の現状の行動や在り様についてコーポレートガバナンス・コードに照らして「おや?」と思う点があれば、臆することなく投資先企業の経営陣に質問をすべきであり、これが建設的な対話と言えるのだと思います。