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満員電車での"偶然の接触"と痴漢罪の境界線

皆さん、こんにちは。弁護士の髙野です。今回は、痴漢冤罪の中でも特に難しい問題を扱います。それは、「触れてしまった事自体は間違いないが、わざとではない」というケースです。

満員電車は、残念ながら痴漢冤罪の温床となっています。女性に間違えられて捕まってしまうというケースは後を絶ちません。このような状況は、多くの人にとって悪夢のようなシナリオでしょう。しかし、法律の観点から見ると、この問題はそれほど単純ではありません。

痴漢の罪が成立するための「故意」の必要性

まず、痴漢で罪に問われるためには「故意」が必要であることを理解する必要があります。ここで言う痴漢とは、多くの場合、各都道府県が定めている迷惑行為防止条例違反を指します。
法律上の明確な規定ではありませんが、実務上、刑法上の不同意わいせつ罪との区別は、服の上から触ったか、服の下に手を入れ直接肌に触れたかで運用上区別されています。

ここで重要なのは「故意」の概念です。罪を犯した人がその責任を問われるのは、罪を罪だと分かっていながらあえて行ったときのみであることが基本です。つまり、故意にその行為を行ったときのみ罪に問われるのです。これは痴漢も同じで、故意に被害者の身体(多くはお尻や胸)に触れたときに初めて痴漢の罪が成立します。

満員電車での「偶然の接触」の可能性

ここで、満員電車という特殊な環境について考えてみましょう。通常、見知らぬ人と偶然体が触れる、特にお尻や胸に手が触れるということはほとんどありません。しかし、都心部や大都市の満員電車では例外が存在します。コロナ禍を境に状況は変わった印象もありますが、まだまだ朝の通勤ラッシュは存在します。満員電車の経験がある人なら分かると思いますが、左右前後の乗客と意図せず体が触れてしまうことは十分にあり得るのです。

「未必の故意」という概念

ただし、ここで注意が必要です。「触れてしまうかもしれないけどまあいいか」という考えは、法的には「未必の故意」と呼ばれ、これもアウトとされる可能性があります。故意というのは「さあ、触るぞ」という明確な意図(確定的故意)だけでなく、当たるかもしれないけどいいや、というものも含みます。例えば、このまま手を下げているとあたってしまうけどまあいいや、という距離感で手の位置をそのままにしておけば、未必の故意が認められてしまう可能性は十分にあるのです。

「わざとではない」ことを示す重要な要素

では、どのような事情があれば「わざと触れたのではない」ということを説得できるのでしょうか。私がこれまで痴漢の否認事件を弁護してきた中で、いくつかの重要な要素が浮かび上がってきました。ただし、これらの要素が一つでもあれば必ず無罪になる、というわけではありません。あくまでも参考程度に捉えてください。

  1. 混雑の程度:
    満員電車と一言で言っても、その程度は様々です。「意図せず触れてしまった」ということが十分にあり得るだけの混雑具合でなければなりません。例えば、普通に立っていれば周囲の乗客に手が触れない程度の混雑であれば、「偶然意図せず触れてしまった」という主張が受け入れられる可能性は低くなります。反対に、駅員に押し込まれてようやく乗り込めるような、車内で身動きが取れないほどの混雑であれば、周囲の乗客の体に手が触れてしまうこと自体は、意図せずに起きてもおかしくないと納得してもらえる可能性が高くなります。

  2. 手の平か、手の甲か:
    被害者の体に触れたのが手の平なのか甲なのかも重要な要素です。通常、人は力を抜いて手を下ろしているとき、手の平は自身の体側を向きます。つまり、意図的に動かさなければ、手のひらが外側、つまり被害者側に向くことは少ないと考えられています。そのため、触れたのが手の甲である場合には故意が認められにくい可能性があります。

  3. 乗客の乗り降りをまたいでいるか:
    満員電車の場合、駅に停まり乗客が乗り降りすれば、車内での位置関係も変わることが多いです。それにも関わらず同じ被害者の後ろに立ち続けたということがあれば、意図的に被害者の近くに立っていたこと、すなわち故意に痴漢をしていたと疑われる要素になり得ます。

取調べでのミスが命取りに

電車内の痴漢事件は客観的な証拠に乏しいのが現状です。そのため、被疑者と被害者、それぞれの供述同士の信用性勝負になりがちです。しかし、一般に被害者供述の信用性を起訴前に弾劾することは困難です。
このような場合、起訴前に被疑者側にできるのは失点を抑えることに尽きます。具体的には、取調べで被疑者本人が上記のような事情を弁解することは得策ではありません。取調べでは黙秘することがベストです。なぜなら、取調べの場で不用意な発言をしてしまうと、それが後々不利な証拠として使われる可能性があるからです。例えば、「触れたかもしれないが覚えていない」といった曖昧な表現は、故意を認めたと解釈される可能性があります。

経験豊富な弁護士の重要性

これらの事情をどのように集めるか、どのように捜査機関に伝えて不起訴を求めるかなどは、経験豊富な弁護士の判断に委ねるべきです。痴漢冤罪事件は非常に微妙な判断が求められる事案であり、一般の方が独自に対応するのは非常に危険です。弁護士は、事案の細部を慎重に検討し、どの要素を強調すべきか、どのような証拠を集めるべきかを判断します。また、捜査機関とのやり取りも弁護士を通じて行うことで、不用意な発言を防ぐことができます。
さらに、もし起訴されてしまった場合でも、裁判での弁護戦略を立てる上で、早い段階から弁護士が関与していることは非常に有利に働きます。

まとめ

痴漢冤罪は、被疑者の人生を大きく左右する可能性のある深刻な問題です。特に、「触れてしまった事自体は間違いないが、わざとではない」というケースは、非常に微妙で難しい判断が求められます。
もし自分がそのような状況に置かれてしまった場合、まず冷静になることが大切です。そして、できるだけ早い段階で経験豊富な弁護士に相談することをお勧めします。弁護士は、あなたの権利を守り、最善の結果を得るために全力を尽くします。

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