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映画「ボーン・トゥ・フライ 」(原題 長空之王) 雑感

少し前から注目している王一博ワン・イーボーの主演作が日本でも公開になり見に行ったのだが、書くかどうかしばらく迷った。考えたことを備忘録も兼ねて書いてみる。前半は映画の雑感、後半は時事問題について。

本国公開2023年 日本公開2024年6月28日
鑑賞スクリーン:TOHO日本橋Sc8 TOHO新宿Sc7 イオン川口Sc9

スクリーンを変えて3か所見た中で、一番体感がよかったTOHO日本橋のTCX。湾曲した大きなスクリーンとDolby Atmos対応の音響設備が、戦闘機特有の飛行シーンによく合っていた。この映画は5.1サラウンドなのでTOHO新宿の7.1対応スクリーンで十分なはずだけど、実際の体感振動はTCXが上に感じた。

映画は、海洋沖の施設と画面いっぱいにはためく中国旗で始まる。色調もなにやら不穏な雰囲気。そして外国機と中国空軍機のドッグファイトシーン。TCX の大スクリーン上で爆速戦闘機がうなりを上げ、その半端ないスピード感に目がついていかない。

そうか、戦闘機のスピードはマッハだった…普通の乗り物とは次元が違う。

戦闘機開発の話でしかも中国空軍とくれば、軍事好きならいざ知らず、一般人は見ないだろうなと思うし私も普段ならまず見に行かない。

だが待てよ、と客席で思う。私は飛行機の離陸前滑走が大好きなのだ。滑走速度をぐんぐん増していく、あのGの体感にわくわくする。そういえば会社の先輩に、鈴鹿でF1レース見るのきっと好きだよと言われたこともあった。今、目の前の大スクリーンに展開する異次元のGに胸がおどる。これ、好きかも。

空気を切り裂いて飛ぶのは戦闘機!普通の飛行機じゃないんだぞ。そこにアメリカの「自由の航行作戦」を思わせるようなセリフが聞こえた。ん?
互いに相手を射程に捉えようと操縦技術の限りを尽くす双方のパイロット。

ほわ、すごいな。スローモーションになった…と思ったら中国機とすれ違い様の外国機パイロットが中指を立てているではないか。えーと、待ってくださいよ。これ、そういう映画なの?もしや、見る映画の選択を誤った?

今後の展開が心配になったのだが、ひとまずは杞憂きゆうだった。その後は、次世代戦闘機のエンジン開発に苦闘する人々の物語。才能はあるが性格に難ありの雷宇レイユー王一博ワン・イーボー)を筆頭に、若者たちの青春群像が描かれ、年配者たちの苦労や人間の器の大きさも横糸を成し、大変面白く見た。

ストーリーは王道ながら、どの俳優の演技もいい。それぞれの役柄もよく調和し、笑いを誘う場面もほどよく散りばめられ、場面転換も上手い。手に汗を握るシーンの数々。一生懸命見ているうちに(まさに命懸けの仕事なのだ)あっという間の2時間。

で終わる、と思ったらそうはいかなかった。。この映画、最後の最後に、難あり。これについては後でまとめて書くことにしてまずは全体の雑感を。

個人的に注意を引かれた台詞がいくつかあったので、メモ。

  • 戦闘機の操縦は、絶壁の上でダンスをするようなものだ
    → この台詞を、隊長が雷宇レイユーの前で言う。雷宇レイユー役を演じる王一博本人のストリートダンス技量に掛けている…のか。

  • その金のヘルメット(競技会優勝者への授与品)はバイクの大会で取ったのか
    → この台詞を、隊長が雷宇レイユーに向かって言う。王一博本人のバイクレース技量に掛けている…のか。この監督さん、よほど王一博の映画出演に敬意を表したかったのか、それとも笑わせたかったのか?どうも気が散ってしまうセリフだった。

  • 友邦は技術者を引き上げ、機体は鉄くずになり、全て凍結された
    → 友邦とは旧ソビエト連邦のことだろう。旧ソ連の崩壊に伴って、すべての計画が崩れたということか、なるほど。

  • 先進国は共同開発をしていると言うのに、我々は独力でやるしかない
    → 中国共産党と人民解放軍からすれば、軍事開発で協力を仰げる相手は旧ソ連しかない。そのソ連の崩壊の影響は甚大だったのか、なるほど。

続いて、注意を引かれたシーンをいくつかメモ。

  • 雷宇レイ・ユーのライバル、邓放ドン・ファンの父が残した形見のバッジ。書かれていた文字はロシア文字。彼の祖父は人民解放軍の将軍という高位の人物で、父の留学先は旧ソ連で確定だろう。これは雷宇レイ・ユーの読んでいる参考書が英語の専門書だったのと好対照だと思った。

  • 雷宇レイ・ユーの父は、自分も理系で雷宇レイ・ユーを留学させたかったと言っていたが、たぶん米国あたりの名門大学で航空力学を学ぶ予定だったかもと思う。雷宇レイ・ユーの部屋でかかっていた爆音ロック、曲名はわからないが、彼はその手の音楽に馴染んでいる。作品中の優等生、邓放ドン・ファンは「正しく」共産系であるのに対して、「異端児」雷宇レイ・ユーは共産世界から見た異端、いわゆる西側に近い存在として描かれているように感じた。

  • 雷宇レイ・ユーの同僚が履いている赤パンツ。金色で大きく「福」の文字が入っているのにウケた。マッチョな体格に福パンツを身につけたその取り合わせの可愛さもさることながら、神頼みをするお母さんの素朴さ、息子の無事を願う母の気持ちにも心を打たれる。死線ギリギリの世界では、神様はとてもとても大事。全く関係ないが、日本の小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトでも、メンバーたちは人事を尽くして天命を待つの言葉の通り、神社に詣でて安全祈願、厄除け、魔よけ祈願をしていたのは有名な話。

  • ソファが欲しいけど高いしなあ、と茶のみ話に花を咲かせていた羊飼いたちの目の前に「ソファ」と雷宇レイ・ユーが降ってくる。その場面も可笑しかったが、その後の場面はもっと可笑しかった。

  • 雷宇レイ・ユーを荷台に乗せて、ロバを御しながら羊飼いが歌う。「空から兵隊さんが降ってきたよ、ロバの荷車で家に送ろうよ」こちらに走ってくる軍車両を目にして、彼は荷台の雷宇レイ・ユーを振り返る。「おいソファ、あれお前の仲間か?」
    雷宇レイ・ユーを「ソファ」と呼んだのには笑った。この先もずっと、羊飼いたちは空から降ってきた「ソファ」の話を語り継ぐに違いない。

  • 緊急脱出後に捜索されてようやく帰還した雷宇レイ・ユー。アイツどうしたと心配していた同僚たちが大部屋で待ち構える。赤パンツくんは親切にも、験担ぎに新しいのをやると赤パンを差し出す。それを押し返す雷宇レイ・ユー。思わず言葉をかける邓放ドン・ファン。その一言にぶちキレる雷宇レイ・ユー。若者たちらしい、思いの交錯するすごく良いシーンだった。

この映画は人間模様がよく描けていて、どの登場人物も、脇役にいたるまで魅力的だが、その中で特に記憶に焼きつく「映画」のワンシーンを一つ選ぶなら、

飛行音が癖になる戦闘機の急上昇でもなく、パイロットたちの数多の危難でもなく、息子と両親の切ないシーンでもなく、イイ感じになる軍医さんとのほのかな恋模様でもなく、悲劇的な最期がつらい隊長との縁でもなく、、

候補生たちの大部屋シーン。中でも、ロッカーのミラー越しに邓放ドン・ファンを睨みつける雷宇レイ・ユーの片目をとらえた1カット。あの冷えた目つきの場面は鮮烈で、映画の中であの場面だけちょっと浮いていた。この先どんな俳優になるだろう、そう思わせるカットだった。

映画には当然ながらたくさん戦闘機が出てくる。鑑賞3回目にしてやっと違いを見分け始めたド素人の私には、こちらの映画感想ブログが情報がまとまっていてとても参考になった。「第四世代」機とは中国流の言い方で最新の「第五世代」を指すそうだ。ややこしい。このブログには俳優や映画公開裏話もあり、簡潔ながら情報満載。↓

さて、ここまでは映画として楽しんだ感想。膨大な労力と時間と予算を注ぎ込んだであろう目玉シーンの数々には全く触れていないが(汗)それでもいいことにして、ここからは、考えさせられることの多いこの映画のラストについて、辛口寄りのコメントに移る。

映画の本筋からは外れるし、そんな面倒な話は読みたくない方もいると思うので、ここまで読んでくださった方に一旦ご挨拶を。お読みいただきありがとうございました。ここからは時事問題に関する雑感になります。

この映画の主人公、雷宇レイ・ユーについて。あえてこの人物像を深読みすると、この異端の若者の成長物語は、イデオロギーにしばられない新世代の若者たちを象徴しているように思う。そんな若者たちも、国(=中国共産党)のために尽力するのは素晴らしいことなのだ、君たちも国に貢献せよ、そんなメッセージを送っているように感じてしまうのだった。そう思うだけでげんなりするが、たぶん、この読みはそんなに外れていないと思う。

なぜなら映画の最後に強烈なメッセージを込めたシーンが置かれているからだ。

先人たちの苦闘、若者たちの成長と絆を描くこの物語は見る人の感情に訴え、共感を呼ぶ。そしてその共感を、冒頭と最後のシーンでサンドイッチした形で、この映画は作られていた。

こういうのをプロパガンダ、というのだと思っている。

冒頭シーンについてはすでに書いた通り。エンジン開発成功後のラストシーンは「初の三次元合同演習」、空軍、海軍、宇宙軍(衛星)3軍合同軍事演習のシーンだった。これを見ると、それまでの人間ドラマは吹き飛ぶ。

話を人間の側に戻したかったからか、さらにもう一つの場面が用意されていた。隊長の忘れ形見の息子氏が夢の10番をつけてプレーするサッカー場。その上空に雷宇レイ・ユーと僚機が虹の雲をかける演出。う~ん…客席で唸った。今までの豊かな物語をこれで締めるとは。げんなりして見終わるという妙な映画になってしまっていた。

不思議なことに、初見、二度目、三度目と鑑賞を繰り返すと、この感覚はだんだん薄れていった。人間は慣れの動物。こうして慣れて受け入れていくものなのだなあ、自分自身の感覚の変化に気づくのも興味深い。

自分たちの領土は絶対に外国に侵させない、その覚悟自体を外野がとやかくいうものでもないし、気持ちは十分に理解する。当然だ。それだけの苦悩の歴史を背負っているし、先人の苦闘を引き継いで次世代に繋げるのも当然だ。みんなの安寧な暮らしを守る決意と覚悟、その点にも全く異論はない。失った自信をとり戻すんだ、その気持ちも理解できる。

では何に違和感を感じ、「げんなり」したのか。

自分でも嫌になるんだけど。映画の呼びかける「失った尊厳と自信の回復」は、民衆の自由と尊厳の尊重というより、何やら帝国としての復活を志向しているように思えてしまう。なぜだろう。

軍事力を誇示し、対外圧力を全面的に打ち出して映画を締めくくっているからだ。

この映画の発する、やればできるという前向きなメッセージを軍への信頼感につなげて、軍人への感謝、各人の貢献の呼びかけ、自衛のため、とそれぞれ注意喚起と理解と共感をただしつつ、対外的には威嚇、警告、最新鋭軍事技術の実戦配備をアピールして、自国民を二重に鼓舞するという、いかにも軍の思惑にピッタリはまる映画なのだった。この作品がメガヒットしたというから、思惑は成功というところか。。

威圧感が半端ない航空艦隊と空母艦隊を正面に並べた演習シーン、ここから想起したことを二つ挙げると、一つは台湾問題、もう一つは空母。

この演習シーンは台湾を想定しているように見えた。そしてそれは、今年、台湾の新総統の就任直後に中国機を多数飛ばして台湾を取り囲み、新政権に圧力をかけ続けたことを、直接に連想させたのだった。これでは…この感動の物語が後味の悪い映画鑑賞に変わってしまう。

つい最近、別のニュースもあった。アメリカが米軍三沢基地にF35(第五世代ステルス戦闘機)を配備、旧型機に換えて戦闘能力の刷新を測る計画だという。対ロシア+北朝鮮を念頭に置いていると思ったが、ニュースにはインド太平洋地域うんぬんとあるのでどうだろう…この映画の鑑賞の後だったこともあり注意を引かれた。

中国は、台湾問題以外にも南シナ海でのフィリピンとの争い、国境山岳地帯でインドとの争いを抱える。それを思えば、北で国境を接するロシアと事を構えたくはないだろう。

というのも、二つ目の空母に関する連想が頭に浮かんでくるので…。

軍事演習シーンには海軍艦隊もいて、その中央に空母がいた。あれがいわくつきの空母「遼寧」かなと思ったのだった。2年前の北京オリンピックの時に、ロシアが突如ウクライナに攻め込み世界が騒然とした際、中国が対ロシア経済制裁網に加わるかどうか様々な憶測が飛んだが、その時に話題になったので記憶に残っていた。中国は、ウクライナにある意味、恩があるとも言えそうだが、ウクライナには肩入れしなかった。

この映画には、自国だけで原爆を作れたのはすごいしステルス戦闘機だって作れる、というセリフもあった。空母も持った、宇宙軍も創設した、二度と他国に侵略されないための自衛だ、人を信じやすい私でも、この言い分を素直に信じるのはいくら何でも人が良すぎる。信じることのリスクについて、中国映画「無名」を見て学んだばかり。

台湾問題は直接日本に波及する可能性が大きい。日本には全土に米軍基地がある。万一、台湾と中国の間に事が起これば、米軍が在日米軍基地から出ることにならないとも限らない。そんなことになれば、日本は嫌でも戦争に巻き込まれてしまう。

映画って怖い、と思う。映像と音楽、どちらも人の気持ちに訴える媒体だから。決してよその国の話とは思っていない。戦中の日本が国策映画を作り情報統制をし、世論を操作したことは事実だ。

マスメディア、は大衆操作にもなり得る。ロシアには、メディアによる大衆操作を専門に研究する学科が大学に置かれているのをドキュメンタリーで見た。映画だけではない、作家も作曲家も役者も何でも使われる、誰かがその気になれば。

プロパガンダの歴史について↓
「プロパガンダの現在地」放送研究と調査 February 2023 p.22-33
https://www.nhk.or.jp/bunken/research/domestic/pdf/20230201_5.pdf

映画で言えば、何をテーマに作り、どう伝えるか。そして、映画というメディアをどう使うか。メディアとしての映画の使い方、この最後の一点が、この「ボーン・トゥ・フライ」という映画に警戒感を感じざるを得なかった部分。こういうところをスルーすると、いつの間にか自分も染まっていくものだと思っている。人間は、多数が流れる方向に流れる生き物だから。群れで生きる人間はそうしないと生きていけないから。

自分にできることは、しっかり目を開けて、違和感を大事にすることくらいしかない。戦争を経験したくないし、感覚を鈍らせてはいけないと思う。無自覚でいることだけは避けたいと思う。大事なお隣さんだと思っているから、不安定な世界情勢だから、よく目を開けておきたいと思う。対話を継続できるように。平和を失わないために。

NHK Eテレ 3ヶ月でマスターする世界史 第11回の話が頭をよぎる。

現代の「国民国家」は、それまで続いた支配体制「帝国」の崩壊とともに誕生した。歴史的にはまだ日が浅い。私たちは激動の歴史の渦中にいる。


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