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68番② 心にもあらでうき世に         三条院

今橋愛記

心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな
 
             三条院
〔所載歌集『後拾遺集』雑一(860)〕

歌意 心ならずも、このつらくはかない世に生きながらえていたならば、きっと恋しく思い出されるにちがいない、この夜ふけの月であるよ。                                     

   『原色小倉百人一首』(文英堂)より

 というのも作者、三条院は、お気の毒な天皇でらした。
長いあいだ皇太子のまま
即位がなかなか叶わず36歳での即位であった。

そうして天皇になられてからも 
わずか五年で天皇を退位し、そしてその翌年にはこの世をも去られるのだった。

詞書(ことばがき)には 
例ならずおはしまして、位など去らむと思(おぼしめしけるころ、月の明かりけるを御覧じて

例ならずは、病気であることをさす。
この天皇は目のやまいを患っておられた。

心にも あらでうき世に ながらへば 恋しかるべき 夜半の月かな

この歌は、退位を考えておられた退位の一年くらい前、明るい月を見て読まれた。

百人一首の天皇の御声というと
その役割を全うするポーズのような感想を持ってしまうこともあったけれど、この歌からは一人の人間のさびしい感情だけが手渡される。

もうよく見えない目で見つめた月は、どういう風に見えたのだろう。

この歌のことを考えていたら、なぜか
そうですかきれいでしたかわたくしは小鳥を売ってくらしています
                           東 直子 
が思い浮かんだ。

結局、生きながらえて夜半の月を思うことのなかった三条天皇の生涯と、
人づてに聞くだけの東作品のわたくし。
未来と過去、その詳細はちがっているけれど、どちらも目(心)にうつすことが永遠に叶わなかった。という点では似ている。

そして、先日歌会で教えてもらったこんな歌も思い浮かんだ。

上向くはうつむくよりも美しく秋陽の中に葡萄もぐ人     小島ゆかり

月を見ているというのに伏し目がちな三条天皇御声に対して
小島作品の上を向いて葡萄をもぐ人。

この2首を並べてみるのも 首筋、その動きのちがいを感じられておもしろく。その後「上向くはうつむくよりも美しく」この事実に気づかされるのだった。



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