「思い通り」にならないことを恐れる人
同級生からの意味不明なおせっかい
高校時代は放送部に所属しており、夏、冬に実施されるNHK主催の高校放送コンテストを目指して頑張っていた。放送コンテストは、アナウンス、朗読、番組制作(ラジオ、テレビ)などの部門に分かれていた。
私は1年の冬の大会で、朗読部門で県1位になった。同じ部活のアナウンス部門には、エース的存在の三田さん(仮名)という同級生がいた。彼女は1年の夏の大会で県3位になったのだが、その直後に体調を崩して学校を休みがちになり、秋の大会には出場しなかった。
私が冬の大会で1位になったあと、この三田さんの名前を出して何度も何度もうざがらみしてきたのが、同級生の番組制作部門の川上くん(仮名)である。
「三田さんはアナウンスより朗読に向いてるよ。朗読やったら絶対にすごい成績をとると思うんだよなあ。おまえ、三田さんを説得して朗読部門に移籍してもらったら?」
と、何度もしつこく言ってくるのである。
正直、私は不愉快だった。
最近、朗読で県1位をとった人間にそういうこと言います?それって、
「本物が出場したら、おまえなんかが1位になるはずがなかったのに」
って受け取れるんだけど、そういうことでいい?
それは私だけじゃなくて、県大会で朗読部門に出場した全出場者を見下しているようなものだけど、いいの?
それと、あんた、どれだけ自分の耳に自信があるの?私は必死に練習したし、NHKアナウンサーをはじめ、審査員に選ばれたんですよ?朗読の練習すらしたことがないあんたに何がわかる?こちらに口出しする前に、県大会で入賞するようないい番組を作ったら?
私は、べつに三田さんに負けたくなくて、三田さんに「朗読に移籍して」と言いたくないわけではない。三田さんは朗読よりアナウンスに向いていると思う。また、たとえ彼女が朗読に向いていると思ったとしても、私がそれを彼女に言う権利はない。何より、いま体調を崩していて部活にも顔を出せていない彼女をどうやって説得するの?
もし本気で
「三田さんが朗読をやらないことが放送部の損失、ひいては日本の放送教育界の損失だ!」
と思うのなら、あんたが自分で三田さんを説得しなさいよ!止めないから。
このように内心では怒り心頭であったが、表向きは淡々と
「そうかな?私はべつにそうは思わないけど」
とスルーしていた。
その後まもなく、川上くんは部活を辞め、同時に学校にも来なくなった。
川上くんが納得いかなかったであろう高校での立ち位置
川上くんは家が裕福で、中学時代は抜群に勉強ができ、女子からも人気があったらしく、中学時代に〇〇人と経験があるのが自慢という人だった。彼の思い通りにならないことはほとんどなかったのかもしれない。
しかし、誰しもそうであるように、川上くんも高校に入ると、中学までとはまるで違う現実に直面したようである。いきなり底辺に落ちた私とは違い、成績は上位だっただろうが、最上位ではない。中学時代は女子がキャーキャー言ってくれたかもしれないが、高校では誰も騒いでくれない。
たいていの人はその残酷な事実を受け入れて自分なりに努力するものであるが、彼は注目を集めたくて痛い行動に走ることがあったようである。
のちに、彼と1年の頃に同じクラスだった女子と仲良くなり、当時の話を聞いた。そのクラスには、とても成績が良く、全国模試の成績優秀者に名前が載るような男子が数人いた。また、他のクラスの女子から騒がれるようなモテ男子が数人いた。川上くんは「その他大勢の1人」ならばまだ良かった。
注目を集めたかったのか、修学旅行で神社のお守りを盗み、
「俺、お守りを万引きしたぜー」
と同じクラスの女子たちに自慢してきたらしい。当然ながら女子たちはドン引きし、私の友人も、彼にいい印象を抱いていなかった。もしウケを狙ってやったのだとしたら、失敗だったと言わざるを得ない。
「思い通りになる」という確信を得たかったのか
川上くんは2年になってからはほとんど学校にも来ず、留年が決まったという噂までは聞いていたが、その後、いつのまにか学校を辞めていたらしい。次に彼の名前を聞いたのは、私が高校を卒業して通っていた予備校からの帰り道。同じ高校だった男子から、彼が少し前にみずから旅立ったということを聞いた。
最近、なぜかたびたび彼のことを思い出すことがあり、
「どうしてあんなにしつこく三田さんを朗読に誘うように言ってきたのか?」
と考えていて、私なりの答えが出た。
川上くんにとって、三田さんが朗読をやろうが、朗読をやって私に勝とうが負けようが、どうでもいいことだったと思う。
「三田さんが朗読をやらないのは本当にもったいない。俺は三田さんの朗読を聞きたい」
と善意で思うならば、三田さんに電話をかけて直接説得するとか、できることはあったと思う。それをしなかったあたり、所詮は他人事、どうでもいい問題なのであろう。
それなのにしつこく言い続けたのは、私が優勝したという「自分の予想外の事実」を、どうしても認めたくなかったからではないかと思う。
私が冬の大会で優勝したことは、当時の放送部では「番狂わせ」のように言われた。これが一度ならば「たまたま」で済むが、2年の夏にまた優勝してしまったら「あんずは実力があった」ということが事実として固定化されてしまう。
だが、入部当時からアナウンス部門で有望株といわれていて、川上くんが「朗読に向いている」と推す三田さんが朗読部門で優勝すれば、川上くんは
「あんずが優勝したのはたまたま。やはり世の中は、自分の思うようになる」
と安心できたのであろう。
当時の彼は、自分の思うようにならないことを恐れていたのではないかと思う。なぜなら、彼の高校での立ち位置が「番狂わせ」であり、「自分の思い通り」ではなかったからだ。成績でも、女子からの人気でも、自分が敵わない人がたくさんいて、自分はその他大勢の1人か、下手すればマイナスな印象を持たれる存在である。
これがずっと続くとは認めたくない、いずれは自分の思い通りになると信じたくて、他人のことにまで口を出して自分のアドバイス通りに行動させ、
「ほら、俺の思った通りになるだろう?」
と確信を得たかったのであろう。
もう、川上くんに直接確認することはできない。
こんな複雑な話ではなく、ただの私への意地悪、嫌がらせで言ってただけかもしれないが、それだとさらにムカつくので、勝手に解釈させていただきます。
ごめんね、川上くん。
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