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オリビア追懐

「落札者が辞退されたため、あなたが候補者となりました。落札されますか」
 一度はあきらめていたコンサートのチケットが手に入った。2015年の事だ。
 私の青春そのものだったオリビア・ニュートン-ジョンに40年ぶりに会える。
 オリビアに出会ったのは高校1年生の時。寝ても覚めてもオリビアだった。FM放送でオンエアされた『そよ風の誘惑』と言うアルバムをカセットテープに録音し、繰り返し聴いた。カタカナの英語で全曲口ずさめるほどに。プレーヤーを抱きかかえまま目覚めた朝もあった。
 単独初来日の1976年。当時高校2年生だった私はどうしてもチケットを手に入れたく、販売初日の朝、学校をサボって通学方向と逆の難波行きの電車に乗った。心斎橋のヤマハ楽器店がチケットのプレイガイドになっていたからだ。
「いい席取れてよかったね」
 売り場のお姉さんの微笑みと共に手にしたチケットは正面の前から5列目だった。それでも、コンサート当日、大きな双眼鏡を持ってずっとオリビアの顔を見ていた。時々レンズ越しに目があってドキドキしながら……。

 あれから40年、就職、結婚、2児の父親となった56歳の私が彼女に会いに行く。
 歌姫はとても「大きく」なっていた。後半にボディラインが強調される黒革のドレスで登場した際にはちょっと引いてしまった。それでも当時「気絶するほど美しい」とレコードジャケットの帯に書かれていた歌声はより円熟味を増して私の中にとけていった。
 代表曲の一つ『フィジカル』の時だ。前列の男性3人組が「来た!」と立ち上がり、頭にバンダナを巻いて踊り出した。その瞬間、男性整髪料のプーンという香りが……。
 オリビアとの再会は、名残惜しく幕となった。
 たくさんの人たちが自分の青春と過ぎ去った時の流れに想いを馳せながら、家路についたことだろう。40年の間に変わったこと、そして変わっていないことに。
『フィジカル』で踊っていた男性のひとりが席をた時につぶやいた言葉が心に残っている。
「そやけど、歌は良かったなーー」

 2022年8月8日の朝、車で勤務先に向かっていた時だ。
 ラジオからオリビアの訃報が流れた。
 たまらず道路脇に車を寄せる。
 気がつくと最近めっきり弱くなった涙腺が崩れていた。
「ああ」
 ラジオから流れる「Have never been mellow?」
 「私は、あなたの歌のおかげでmellowな人生を送らせてもらっています」
 そう呟いて車のギアをドライブに入れた。

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