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「神様のひとさじ」第二話

「うわー、蟻の巣みたい」
クイナの案内で、コロニーの中を歩くラブは、見るもの全てが新鮮で壊れた玩具のように首を巡らせていた。ついには、しゃがみ込んで床を叩き始めたので、クイナは苦笑している。

「女王様のお部屋はどこ?卵のお部屋は?」
「コロニーに女王様はいないわ。AIのハジメと運営に関わる私を含めた四人が住民に提案するかたちで色々決まるの。卵というか、人工子宮の装置はあるけど、余りに資源と電力を使うし生命を維持するのが難しくて、一度に沢山の子を作れないの。AIは、やはり自然な繁殖を望んでいるわ」
クイナが説明している間も、ラブの興味は次へと移り、ドアの前に立って、自動開閉する扉で遊んでいた。

「ラブさんは、何歳なの?」
「え?大人の女だよ」
「ということは、二十歳くらい?」
言動により幼く見えるが、二十歳に見えなくもない。クイナは自らの顎を掴んでラブを眺めた。

「こどもが産めるくらいだよ」
無邪気に微笑むラブに、クイナがドキリとした。

「そ、そうなの。じゃあ、年齢的にもアゲハを紹介しておこうかしら」
「アゲハ?」
「そう、貴方くらいの歳の女性よ」
「ここは、女も男も、たくさん居る?」
「男性が二十五人、女性が二十人よ。最高齢が六十一歳。それ以前の人たちは、早世だったの」
「ん?」
「自然な受精卵から生まれた人間は、弱くて。今、生きている人達は、世代によって違うけど、少なからず遺伝子操作された人間なの」
「ふーん」
ラブには、クイナの話がピンときていない。

「今、一番年齢が高いグループの人達は、病気と肉体の強化が主だったせいか、若干衝動的。その下の私達は、優秀さに振り切って繁殖意識が薄い。その下は繁殖に意識を高くしすぎて、繁殖行為に夢中で、逆に子供をつくらない。上手くいかないものよね」
「うーん、私、頑張る!」
ラブは、ヘビを頭に思い浮かべて拳を握った。
クイナが微笑みながら、頑張ってね、と声をかけた。

二人は、コロニーの生活区域にやって来た。
三階までの吹き抜けの空間があり、左右には個室の扉が規則正しく並んでいる。部屋の外に出ていた人々が、ラブを物珍しそうに眺めている。

「クイナ、それ誰?」
今年、十歳になった少年バンビが聞いた。コロニーの自然繁殖で産まれた人間だ。父親は病気で、母は獣に襲われて亡くなった。
バンビという名前に相応しい可愛らしい顔をしているが、表情が険しい。

「外から来た、ラブさんよ」
「ふーん」
バンビは、不審げな顔でラブを眺めた。
「こんにちは」
ラブが少年の頭に手を伸ばすと、その手は叩き落とされた。ラブの目が、パチパチと瞬きを繰り返した。
「気安く触るな」
「ごめん」
ラブは、頭を下げながら、少年の頭に手を置いた。

「おい!」
「はい!」
「触るなって言っただろう」
再びラブの手は振り払われたが、すぐにバンビを追いかけた。避けるバンビと追うラブ。次第に二人の動きは、追いかけっこのようになってきた。
「あはは」
「何だよ!あっち行け!ついて来んな!」
「ラブさん、そろそろ行きましょう」
クイナに声を掛けられ、ラブは彼女の元へと戻った。

「またね、小さい男さん」
「はあ⁉小さくねぇ、バンビだ!馬鹿女!」
バンビは、足を踏みならしながら、自室へと消えていった。ドアが閉まる瞬間、ラブを振り返り、舌を出した。

「可愛いね」
「そう?私、子供は少し苦手だわ」
クイナが手すりのない階段を上り始めた。この居住区は、古の時代の監獄を模して作られた。AIが人間の管理をしやすくする為だ。流石に個室内は外から見えないが、出入りが互いに目に付く。

「ここよ。アゲハ居る?クイナよ」
クイナが、ドアを叩いた。
「クイナ?ちょっと待って」
部屋の中から、ハスキーな声が聞こえた。ドアが開くと、気怠そうな女性が出てきた。

漆黒の襟足を刈り上げ、サイドは直線的に美しく纏まったショートカットの女性だった。
身に纏っている洋服は、クイナの機能性を重視した服装と違い、胸元がV字にざっくりと開いた黒のワンピースで、左右の長さが違った。
左の太股が動きによって露出さる。
綺麗な玉を編み込んだ首飾りが音を立てた。

「珍しい、洋服が欲しいの?」
アゲハは、住人の要望を聞いて洋服を仕立てている。AIが画一的に用意してくれる服は機能的だがデザイン性はない。我慢ならなかったアゲハが、独学で勉強し、執念で作り上げた。最初は眉を顰めていた人達も、最近ではアゲハに依頼をするようになった。

「あら?何よ、その子」
アゲハがツンと尖った顎を上げてラブを見下ろした。
「今日から、ここに住むことになった、ラブさんよ。貴方に色々教えて貰えないかと思って連れてきたの」
「そう、まぁいいわ。今、注文ないし、私のお人形にしてあげる」
アゲハはニヤリと笑った。彼女は、誰かを着飾るのが好きだった。特に見目麗しい人間を自分の思うとおりにコーディネートしたがった。
しかし、ターゲットとなったクイナは服にもお洒落にも一切の興味がない。この際、ヘビでと考えたが、暇じゃ無いと一蹴された。

「ラブです。よろしくお願いします」
ラブは、ぎこちなく頭を下げた。
「ラブさん、記憶がハッキリしないみたいなの」
「へー、面白いわね。ミステリアスじゃない」
「それじゃあ、私は昨日、捕獲した獣の解剖してくるから」
クイナは、胸の前で手を上げて外を指さした。
「いいわよ、この子は引き受けた」
「クイナ、バイバイ。ありがとう」
ラブは、手を振ってクイナを見送り、アゲハと顔を合わせた。

「アゲハよ。さっそくだけど、その野暮ったい治療着、着替えなさいよ」
「ん?」
ラブは、治療着の裾を持って首を傾げた。
「入って」
アゲハが先立って部屋の中に歩き出し、ラブがサンダルを脱ぎ捨てて追った。アゲハの部屋には、織機や色とりどりの織物、糸、編み物が置かれている。

「うわぁ、すごい」
ラブは、顔を突き出して眺めた。
「似合いそうなのは、白って感じよね。原色の組み合わせも顔立ちがはっきりしているから、ありだけど。雰囲気が天然だし、ベタに純白に花冠とか一番似合いそう」
ラブは、アゲハの早い口調を必死に理解しようと彼女をジッと眺めた。
「そうね、そのうち麦わら帽子編んであげるわ」
アゲハの手が、ラブの頭をポンポンと叩いた。
「何、この手触り」
アゲハは、ラブの黒髪に何度も手ぐしを通して目を輝かせた。ラブの髪は、赤子のようにサラサラで、毛先は少しうねってフワフワだった。
「この手触りの糸が欲しいわ」
「切る?」
「まさか、勿体ない。男と寝る時は、この髪を相手の体に垂らして弄ぶといいわ」
アゲハの手に掴まれたラブの毛先は、ラブの頬をくすぐった。
「寝るとき」
「そう、繁殖よ」
「繁殖……ヘビが、しないって言ってた」
ラブには繁殖がまだ理解出来ていなかったが、お前とはしないとヘビに言われ、拒絶されたようで寂しかった。

「あんた、ヘビとしたいの?アイツは硬いわよ、遺伝子弄りすぎて本能無くしてんのよ。まぁ、面白そうだから応援してあげるわ」
「ヘビは、硬い」
確かに、乗っていた彼の背中は硬かった。ラブは感触を思い出しながら自分を抱きしめた。

「あんた、見た目がお似合いっぽいのは、アダムだけど、ヘビのポーカーフェイス以外も見て見たいわ、頑張りなさい」
「頑張る?ヘビと仲良しになれる?」
「仲良し? 違うわよ恋人になるのよ」
「恋人?」
「そう、体を重ねて、繁殖して一つになるのよ」

(重なって、一つになる……それだ!私が探してた、たった一人の男とする事、思い出した)

ラブの頭の中は、霧が晴れたように鮮明になり一つのイメージが広がった。美しい村には大樹が生え、そこには赤い丸い実がなっていた。その木の根元で、二人は重なり合って一つになっているのだ。

「私、ヘビと恋人になって繁殖します!」
「いいわね、あんた。ヤル気満々じゃない。好きよそういうの。じゃあ、まずは見た目よね」
アゲハは、大きなクローゼットから、白いノースリーブのワンピースを取り出した。

「ほら、脱いで」
アゲハがワンピースを肘に掛けて、ラブの治療着を脱がせ、ワンピースを被らせた。フンワリとしたワンピースは、ラブの膝下で裾が揺れた。
うわーっと喜ぶラブを無視し、アゲハは彼女の後ろに立って、その長い髪をハーフアップで緩く編み込んでいった。

「よし、良いじゃない、このコロニーには居なかったタイプの可愛さよ。透明感っていうの?」
コロニーの女性は少ない。元々、コロニーに残っていた受精卵が男性のものが多かったのがあるが、AIが繁殖の為に先に多くの女性を作り出したが、初期に生み出された人間は病気で全滅したせいもある。

「ヘビ好きかな?」
「さぁ、AIに脳みそ乗っ取られてるんじゃないかって思うほど、人間ぽくないから。まぁ、アンタなら何とかなるんじゃない?上手く表現できないけど、今まで見てきた人間達と何か違うっていうか、目を惹かれる?ううん、そういう外側の話じゃ無くて、とにかく気になる存在って感じよ。アイツ、あのアダムが現れた時と似てるわ」
アゲハは、外へ調査へ出ている男に思いを馳せた。

「ヘビのお部屋はどこにあるの?」
「部屋?ああ、付いてきなさい。教えておいてあげる。そうそう、昔履いてたブーツやサンダルも後であげるから取りに来て」
「ありがとう!」
ラブはアゲハの腕に抱きついた。

「どう、いたしまして」

アゲハは、心がくすぐったかった。我が強く、自分を曲げず、性に奔放なアゲハは、コロニーの女性のリーダー格と上手くいっていなかった。なので、彼女に右にならえの女性達は、アゲハとは必要な時にしか交流しない。だから同性との距離感を掴めないでいた。


#創作大賞2024 #恋愛小説部門  



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