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1日36時間計画

 1日をどうにかして36時間に出来ないものかと真剣に考えたことがある。
 誰にでも「やりたいこと」と「好き嫌い関係なくやらなきゃいけないこと」があると思うが、「やらなきゃいけないこと」をこなしていたら、アラいやだ! 気つけば「今日」という日がもう幕を下ろそうとしているではないか。
 今日こそあれをやりたかったのに。やりたくないことだけに時間を費やしているわけにはいかない。これを解決するにはいかにすべきか。

 もし1日が36時間あったら?
 1日のうちで、まとまった時間を要するのが睡眠であるが、これは1日が36時間になっとて必要な量はさほど変わらないであろうから(推測)、単純に活動出来る時間が12時間増えることになる。
 12時間増えたらあれもこれも出来る。メンドクサイけどやらなければならないことで一日が終わるようなことにはならないだろう。これは良い!
 可能性が目前に洋々と広がったように思えた。

 が! しかし!! どんなに考えようと理屈を並べようと、1日が36時間になることはないのである。自分ひとりなら好きなサイクルで暮せばいいと思う。日の出とともに寝て、月の台頭とともに起きるのも良い。けれどもこの世が、この世間の人たちが1日24時間のサイクルで回っている以上、自分だけ36時間サイクルというわけにはいかない気がする。そもそも人間の身体が36時間サイクルにも適応出来るのかどうかも知らない。とにかく、36時間サイクルはかなり非現実的な気だけはする。

 しからば、と今度は睡眠時間を極限まで削る方針で考えてみた。

「睡眠時間を3時間にして残り21時間は思う存分に動きたい。どうしたら3時間で身体をフルチャージ出来るやろう?」

 私は最も信用している友人Hにお伺いを立てた。

「睡眠時間3時間!!」

 彼女は電話の向こうで頓狂な声を上げた。私は何かを思いついたさい、まずはこのHに話を持ちかけることを常としている。彼女はどんな話題を振られても決して無下にしたり否定したりということが一切なく、とりあえずは何でも耳を傾けてくれるという有り難いひとである。アンダーヘアの是非を問うたときも、一応は一緒になって考えてくれた。
 そんな彼女であるから、このときの反応も実に手慣れた落ち着いたものであった。

「睡眠時間は削らん方がええと思う」

 Hは冷静にキッパリ言ってのけた。異議は認めません! と言わぬばかりの断言に私はオヨヨと怯んだ。

「え……そんな、身も蓋もないこと言う? それを言うたらもうオシマイやん」
「そうやけど、でもホンマのことやん。睡眠時間足らんとパフォーマンスも落ちる」

 やはりHはケロリとそう言った。
 私に返す言葉などあろうはずがなかった。全く彼女の言う通りである。身体が疲れていては良いパフォーマンスは無理だし、疲れを取るのには、睡眠に勝る方法はない。
 そうなのだけど、タイトなスケジュールであれやこれやをくぐり抜けてきた彼女なら、何か秘訣を知っているかと淡い期待を抱いてしまったわけなのだ。

「睡眠不足はほんまにあかん。あの頃しんどかったもん。ほんましんどかった!」

 過ぎ去りし日を思い出してはウンザリする彼女の声を聞きながらなお、「睡眠時間3時間計画」を推し進めるような神経はさすがに私も持ち合わせてはいなかった。
 よくよく思い返してみるに、彼女の意見を聞くまでもなく、私自身、睡眠不足でぶっ倒れ病院へ運ばれたことがあったのである。
 睡眠時間は削るべからず……と。

 それでは次に、1日の内の余暇を削る方針を考えてみた。何となくぼーっと過ごす時間を切り詰めたら、かなりの余裕が生じるのではないか?
 そう思い、これは実行に移してみた。起床の瞬間から就寝までを分刻みのスケジュールに起こし、その通りに動いてみた。読書の時間も細かく決め、ここまでは読む!という最低ラインも制定した。そのおかげか、谷崎潤一郎の「細雪」も、あっっっという間に読破出来た。時間の有効活用という点においては、上手くいったと思う。
 しかしこのやり方はオススメしない。結局、一ヶ月近くこのスケジュールに沿った生活をしてみたところ、感情というものが麻痺したように思われたからである。いつ何時も次の時間割に追われて、心身ともに疲弊してしまった。
 友達から来る雑談ラインに付き合っていてはその日のスケジュールがこなしきれないので、舌打ちしながらやっつけ仕事的に返信をすることになる。なるほど、そりゃ感情も麻痺するわけである。
 これではいけない。スケジュールはこなせたとしても、このままではひととして大切な何かが壊れていく……。
 危機感を覚えた結果、余暇を完全に排除するこの計画も頓挫してしまった。

 あれもこれも、1日のうちで盛りだくさんにこなすにはどうすれば効率よく出来るのだろう。
 なぜ私はこんなにも要領が悪いのだ?

 そう頭を抱える私に、Hは言った。

「色々やろうとし過ぎやねん!」

 私はキッとHを睨む。わかってるんだよ。わかってるけど、それは禁句やん!

 あーあ、ほんとに1日36時間あったらいいのになあ。
 


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