20年というのは
中学3年生の冬だった。
ありがたいことに僕は高校の推薦枠を取れたので、高校受験のための受験勉強をしなくてよかった。
しかし推薦入試には面接が必須だったので、放課後に先生が模擬面接の練習に付き合ってくれた。
色々な面接を想定した方がよいということで、個別面接の他に集団面接やグループディスカッションのようなこともやった。
僕以外にも面接枠を獲得した数名の生徒と一緒に練習に臨んだのだが、たしか集団面接の練習で「今まで読んだ本で一番感動した本とその理由について答えてください」という質問があった。
トップバッターの僕は、その当時よく読んでいた東野圭吾の作品で「天空の蜂」や「時生」とかそのあたりを説明した。特段、一番感動したわけではないけれど、まぁその場しのぎで答えやすい本を選んだといえる。
さすがに東野圭吾「白夜行」が面白いというと、ちょっとサイコじゃないのかと思われるので子供心ながら忖度した感は否めない。
他の推薦生徒がどの本を答えたのかさっぱり思い出せないのだが、一番最後に回答が回ってきた髪を二つ結びにした女の子のことは何故かはっきりと覚えている。
(決して美少女だったからでない。割と可愛い顔立ちだったが)
彼女の番になった時、少し緊張した面持ちで
私が今まで一番感動した本は…
ミヒャエル・エンデの「モモ」です。
モモは…
時間泥棒と…
とても話を聴くことが得意で…
と言い淀んでしまい、他の生徒のようにスラスラと言葉がでない、不甲斐なさに羞恥心と激しい劣等感を覚えたのか、ポロポロと泣き出してしまった。
おいおい、こんな質問テキトーに答えりゃいいだろ。
本番じゃあるまいし。
と当時の僕は冷めた目で同級生を眺めていた。
しかし、本当に自分の大切なものを語ろうとする時、その本に対する思い入れが強ければ強いほど容易に言語化できるものではないということを僕はそれから数年後に知った。
今では彼女の涙に共感できる。
あらすじだけを読んで知ったかぶりをせずに、あの日彼女の涙の裏にあった言葉にならないものを知りたくなって20年ごしに「モモ」を読んでいる。
ある登場人物の言葉にハッとした。
いちどに道路ぜんぶのことを考えてはいかん、わかるかな?
つぎの一歩のことだけ、つぎのひと呼吸のことだけ、つぎのひと掃きのことだけを考えるんだ。いつもただつぎのことだけをな。
またひと休みして、考えこみ、それから、
するとたのしくなってくる。
これがだいじなんだな、たのしければ、仕事がうまくはかどる。
こういうふうにやらにゃあだめなんだ。
どうやら僕はあくせく動きすぎているようだ。
児童書だと思い込んでいた「モモ」に20年ごしに救われた。
最後まで読み通した時、僕は感想を自分の言葉で言えるかな。まぁそれが次の20年後でも悪くないだろう。
今日も皆様にとって良い一日になりますように。
今は一途にひとつごと。