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読書録

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読んだ本の感想などです。
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#言葉

読書録 「生きがいについて」

神谷美恵子「生きがいについて」(みすゞ書房) 書店や図書館で手に取った本の中で心に刺さる一文を見つけた時、生きていてよかったなと感じる。 本書はそんな一冊だ。 結局、人間の心のほんとうの幸福を知っているひとは、世にときめいているひとや、いわゆる幸福な人種ではない。かえって不幸なひと、悩んでいるひと、貧しいひとのほうが、人間らしい、そぼくな心を持ち、人間の持ちうる、朽ちぬよろこびを知っていることが多いのだ。 人間の存在意義は、その利用価値や有用性によるものではない。 野

朗読してみました。

親しくさせて頂いているnoterさん方が朗読していたので、僕も真似して朗読してみた。 カラオケとはまた違って間のとり方やアクセントなど朗読する際に色々なことを意識するから緊張感があった。 でもある人が言っていた 平面的だった文章が立体的に立ち上がる ということを身をもって知り、言葉の豊饒性に触れることができた。 ちなみに朗読したのは有島武郎「生まれ出ずる悩み」。 Instagramに投稿した通り先日訪問したニセコ町の有島記念館で購入した書籍だ。畏れ多くも僕にとっては

読書録「キネマの神様」

原田マハ「キネマの神様」(文春文庫) 名画座のあった時代が愛おしい。 今は個人がスマホやタブレットによる動画配信サービスで映画を視聴しており、作品を鑑賞するというより消費している。 倍速で消費されたら往年の名作映画は色褪せてしまうだろうな。 この小説を一言で述べるとしたら 「おじさんのブログ奮闘記」である。 しかし好きこそものの上手なれ。 主人公の父親はパソコンに向かい、ぎこちない手つきで映画レビューをブログに投稿する。 その結果、思いがけない人と繋がることができ物

読書録 「もしも、私があなただったら」2011/2023

白石一文「もしも、私があなただったら」(光文社) 目に見えないものの大切さをテーマにした連作小説集「どれくらいの愛情」のあとがきに本作が紹介されていたので読んでみた。 表題の通り自分が相手の立場になったら何を思い、どのように行動するのか、相手の立場に立つとはどのようなことなのかに主眼を置き物語は進んでいく。 「人間の愚かさはいつの時代も止まることを知らない。むしろこの世界では、そうした愚かさを身をもって演ずることこそが人生の目的なのではないか、と近頃の啓吾は考えるように

WISH

疲労とストレスで耳が聞こえにくくなった時期がある。 周りが楽しそうに話をしているのに自分だけが膜のかかった世界に漂っているような疎外感を味わい、やるせない思いで日々を過ごしていた。 当時は何を見てもどんな音楽を聞いてもモヤモヤは解消されず、幸せそうなものを目にするたびに卑屈に感じた。 それほど辛い毎日を耐えるために心を閉ざしていたのだろう。 ドラマ「silent」で目黒蓮演じる主人公が恋人を遠ざけてしまったのも共感できる。 大切な人と上手く会話をすることができない、自分

読書録『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅

上白石萌音・河野万里子「翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅」(NHK出版) 仕事で疲れて何も考えたくない夜は上白石萌音さんがレストランで美味しそうに食事をしている動画を見ると癒されます。 もちろんアーティストとして「ひかりのあと」などの楽曲も素晴らしいので、まだ聴いたことがない人はチェックしてみて下さい。 そして、お時間がある方はこちらも参照して頂ければ幸いです。 上白石萌音さんは女優、アーティスト、ナレーター、エッセイストなどマルチな才能をお持ちの上、オーディショ

読書録「永遠のとなり」2011/2023

白石一文「永遠のとなり」(文藝春秋) 10年以上前の読書録を加筆修正して投稿する。 今と考えていることは、さほど変わっていないことに気づく。 人間の再生をテーマにした物語。 挫折や絶望に直面した時、人はどのように立ち直っていくのかが丁寧な文体で描かれていた。 いくつか印象に残った文章を引用する。 「私たちの欲望は次々と細切れにされ、その細切れごとに過剰なまでのサービスが用意され、充足させられていく。その一方で、もっと大きくて曖昧で分割のできない大切な欲望、たとえば、のん

読書録「確率論と私」

伊藤清「確率論と私」(岩波現代文庫) ブラック・ショールズモデルの基礎となる「伊藤の定理」を発見した伊藤清先生の唯一のエッセイ集。 日本の確率論研究の基礎を築き、かつ多くの後進を育て、また京都賞をはじめ、国際数学連合の主催するガウス賞の受賞など数々の栄誉に輝いた伊藤先生の「確率論を数学的に厳密かつ精緻なものにしたい」と真摯に研究に打ち込んだ姿がうかがえる。 「『金融の世界』への不安」という項で自身の「伊藤の定理」が金融という思わぬ形で応用されたことについて触れている。

読書録「橋をかける」

美智子「橋をかける 子供時代の読書の思い出」(すえもりブックス) 読書は私に、悲しみや喜びにつき、思い巡らす機会を与えてくれました。本の中には、さまざまな悲しみが描かれており、私が、自分以外の人がどれほど深くものを感じ、どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは、本を読むことによってでした。(中略)しかしどのような生にも悲しみはあり、一人一人の子供の涙には、それなりの重さがあります。私が、自分の小さな悲しみの中で、本の中に喜びを見出せたことは恩恵でした。本の中で人生の悲し

読書録「田村はまだか」2011/2023

朝倉かすみ「田村はまだか」(光文社) 久しぶりに小説らしい小説を読んだ気分である。 読後、後味の良い内容にしばし温かな気持ちになれた。 全6話で構成されているのだが、表題作の「田村はまだか」は本書のプロローグ的な役割を担っている。 小学校のクラス会の三次会で一人、未だに到着をしていない「田村」を待つ5人の同級生。各々の年齢は満40歳となり世間ずれした中年たちである。 彼らが思い出話に花を咲かせる時、地味な存在であったが独特な印象を残した田村は必ず登場してくる。彼らの話

Progress

昨日の小林快次先生の著書の中で勇気をもらえる言葉があったので紹介させて頂く。 思えばそれまでのぼくは、目の前に高い壁があらわれたら、迷わず回り道をする人間だった。しかし、どうすればその壁を乗り越えられるか、のぼるべきか横からまわりこむべきか、徹底的に思考をめぐらせて壁にくらいついた経験は、これが初めてだった。 研究室のジェイコブ教授はよく、こんな言葉を口にしていた。 「もうアイデアが出ない、というのはうそだ。ずっと考え続けていれば、だれでも必ず優れたアイデアに到達する」

読書録「ぼくは恐竜探検家!」

小林快次「ぼくは恐竜探検家!」(講談社) 図書館の新刊コーナに置いてあった中学生向けの図書。 “ファルコンズ・アイ”=「ハヤブサの目を持つ男」と称され、日本一の恐竜化石といわれる「むかわ竜」を発掘した恐竜学者の小林快次教授は、僕の母校の総合博物館で研究に携わっており、学内でもたびたび話題になっていた。 華やかな経歴の陰には知られれざる挫折経験があったことに本書を読んで初めて知った。 アメリカの大学院に留学した際、こんなエピソードがある。 自分は研究職に向いていない。知

読書録「悩む力」2011/2023

姜尚中「悩む力」(集英社新書) 偶然つけたテレビ番組に姜教授が出演し閉塞感漂う現代社会において、自らを肯定するには、如何に生きればよいのかについてお話しされいていた。 その中で著書「悩む力」の紹介があり、「自分一人だけが行きずまって悩みを抱えているのではない。むしろ悩みは至極当然なものであるから悩み続けることを良しとしよう」といったことを主張されていた。 放送終了後の翌日、大学書籍部で早速「悩む力」を購入した。 近代科学の発達により客観性が推し進められた結果、非合理的

読書録「寝ながら学べる構造主義」2011/2023

内田樹「寝ながら学べる構造主義」(文春新書) 約5か月前、新千歳空港で時間つぶしのために購入した本。 大学入試の現代文の問題に出典されていたことをおぼろげながら覚えていたので手に取った。 「超カンタン現代思想入門書」というキャッチコピーの通り平易な文体で書かれており、肩ひじ張らずに読むことができた。同時に読んでいた「新証券市場入門」がチンプンカンプンだっただけに卑近な例示が多い本書が格段に読みやすく感じられたのだろう。 本書によると「構造主義」とは、所属している社会集団