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【小説】女子工生⑱《真白の過去(1)》

中学時代

 どっちでもいいような雑談や、広樹(ひろき)と勇介(ゆうすけ)が持ってきたゲームを テレビに繋げてみんなでやったり、別にクリスマスでなければ出来ない事ではなかったが、クリスマスに皆と集まって遊ぶ事に 真白(ましろ)にとって意味があるような気がした。
ゲームをしていても、雑談をしていても、
とにかく ずーっと楽しかった。

 正子(まさこ)はしばらくキッチンの中から、娘とその友人達を眺めていた。
娘の こんなに楽しそうな姿を見るのは、本当に久しぶりだった。
 小さな頃から負けず嫌いで、兄達の後ろを
付いて歩いた。
運動も 人並み以上に出来ていたし、勉強も
まあまあ出来る方だった。
男女問わず、友達も多い方だった様に思う。
時々 家に遊びに来る子もいたし、休日もよく出掛けていた。
それが、中学に入って暫くすると、だんだんと
口数が少なくなっていった。
最初の頃は、体の具合いが悪いのかとか、思春期なのか、と思っていたが、そうでは無いらしい感じだった。
“らしい感じ” と言うのも、真白から具体的に何か聞いた訳でも無かったからだ。
学校での事も話してくれなくなった。
時々、部活の話をする以外 学校生活の話は、一切しなくなった。
校外授業や、美術の授業の写生会などは、行っていたが、成績に関係ない遠足、運動会、文化祭は、1年生の後半以降 全部休んだ。
勿論、修学旅行も。

1年生の時は、行事の朝になると 8度近い熱が出る様になった。
昼過ぎには、下がって ケロっとしているのだが、2年生の一学期ぐらいまでは、実際に熱が出ていた。
大きな行事は 休む事が、家族の中で暗黙の了解になっていた。
当日の朝に

「お腹痛いなら 今日は休む?」

「うん。」

と言うやり取りが 定番になった。
真白はそれでも 前日に準備をしていた。
正子はある時 思い切って前日の夕方に

「体調悪いなら準備はいいから、もう寝なさい。ダメなら明日の朝、お母さんが学校に電話してあげるから。」

と、言ってみた。
真白は少し驚いた顔をしたが、すぐに ふっ
と笑った。

「そうする。ありがとう。ごめんね。」

そう言うと、自分の部屋へ上がっていった。

正子はその夜、リビングで泣いた。
あの子は ひとりで戦っているのだ。
学校で何があったのかは、分からないが、ひとりで黙って戦っているのだ。
なんとか学校へは通っている。
成績も以前より上がっている。
でも、友達やクラスメートと関わる度合いが高まる日になると、熱が出る。
行かなければ、と思い、親に心配を掛けるのも
頭では分かっていて、それでも心が拒否しているのだ。
だから行事を休むかもしれない事に

「ありがとう。ごめんね。」

と言う言葉が出たのだ。
真白本人は、気付いていないかもしれない。

「(気を遣ってくれて) ありがとう。(ちゃんと学校行けなくて) ごめんね。」

と。
その心の葛藤を思うと、涙が止まらなかった。
そして また普通の授業が始まると、何でもないフリをして、登校するのだろう。
正子は 学校を変えさせてもいいと思っていた。
今は色んな学校がある。
フリースクールもある。
最悪、学校へ行かなくても 生きていてくれれば それでいい。
大変だろうが、学校へ行かなくても 生きていく術(すべ)はきっとある。

りとりで泣いていると、風呂から上がった夫の
功(いさお)がリビングに来た。
泣いている正子を見て

「どうした。」

と、ソファーの正子の隣に腰掛けた。

「真白、学校変えてあげた方が、いいのかしら。」

「真白、何か言ってきたのか。」

勿論、真白の異変は 家族中が気付いていて
情報は共有している。
正子は、ハンカチで目頭を押さえながら、息を深く吸って 呼吸を整えた。

「ううん何も。明日の遠足、体調悪いなら
準備はいいから、寝なさいって言ったら“ありがとう”って、“ごめんね”って。」

また涙が流れる。
功は正子の背中を 優しくさすった。
そこへ、龍一(りゅういち)と涼二(りょうじ)が
仕事と部活から それぞれ帰ってきた。
そして4人で話し合った。
転校は最後の手段として、取って置く事にした。

「真白、学校には行ってるんだろ。あいつ、負けず嫌いだから 途中で転校って負けたみたいで嫌だと思うぜ。」

涼二が言うと、龍一も賛同した。

「俺もそう思う。成績も落としてないんだろう?」

「寧ろ(むしろ)上がってるわね。」

「たぶん、負けてたまるかって感じなんだろ。実質的に何かされたりとかはあんの?」

「体に傷やあざはないわ。教科書、ノート、体操着とか、上履きとかは大丈夫。お風呂の時とか 洗濯の時にこっそりチェックしてる。」

「じゃあやっぱ シカトの方かな。真白から誰かの名前 出てこない?」

「んー、部活の子かしらね。根岸さんって子。あの子の名前、時々出てくるわ。」

龍一と母の話を聞いていた涼二が、思い出した様に言った。

「ああ、俺 ちょっと知ってるわ。中3の時の同クラのやつの妹だ。ケー番変えてなきゃ繋がるからちょっと聞いてみるか、真白に内緒で。」

「そうしてくれる?すぐじゃなくていいから。」

「ああ、近い内に連絡入れてみる。」

功がすまなそうな声を出した。

「仕事で あまり真白に関われなくてスマンな。」

「何言ってんだよ。それ言ったら俺だって
最近 仕事で帰り遅くなる事多いし。」

功は、顔を上げて3人を見た。

「とにかく、真白の事は皆で見守ろう。暴力や物を壊されたりしていないなら まだ、何とかなるだろう。ただ、様子だけは皆でよく見ていてあげよう。」

「そうだな。学校の事は真白のしたい様にさせるのがいいと思う。」

「ああ、兄ちゃんの言う通りだな。行きたいなら行かせる。休みたいなら休ませる。何か言ってきたら それを受け入れる。」

「そうね。取り敢えずそうしましょう。みんな、何か真白の事で気付いたり、引っ掛かったりしたら すぐ教えてちょうだいね。」

次の日、前日準備をしなかったからか、熱は出なかった。
ただ、“お腹が痛い。”と言うので、正子が学校に 連絡を入れ、休む旨を伝えた。
以降、行事の度ごとに出ていた熱は、前日準備をしない事で出なくなった。
その都度、腹痛でやり過ごした。
毎回 腹痛で休んでいれば、先生から何かコンタクトがあるかと思ったが、遂に卒業まで 真白が無視されている事を 先生から聞くことは
無かった。

               ⑱ー(2)に続く

 


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