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【小説】女子工生⑨《乙4とタコと焼肉(1)》

乙4とタコと焼肉

1年生にとって初めての 大きな試練がやって来た。
《危険物取扱者 乙(おつ)種 4類》
通称 “乙4” の資格取得試験が近づいて来たのだ。
今までも 計算技術検定やら、コミュニケイション英語検定やらは あったが、ある程度しっかり練習しておけば、何とかなる感じの物だった。
(まあ、落ちる生徒は 落ちるのだか・・・)
だが 乙4は国家資格だ。
問題の難易度が 格段に上がる。
試験を受ける際、法令と物理科学と性質の勉強をしなければならなず、学校の定期テストより、数段難しい。
聞いたことのない単語の連続で、とにかく
チンプカンプンだ。
先生から 過去問題をもらって やってみたが
合っていたのは、真白(ましろ)が35問中 17問、徹(てつ)は12問、広樹(ひろき)に至っては3問だ。
法令(15問)・物理科学(10問)・性質(10問)、それぞれ6割を越えないと不合格だ。

「だーっぜんっぜん駄目だー。覚えられる気がしねー。」

広樹が机に突っ伏して 悶えている。
聡(さとし)がやって来て

「ヒロ、何 身悶えてんの?」

と、ニコニコしている。
広樹はガバッと起き上がり、珍しく真剣な顔をした。

「聡、お前、今のヤツ 何問正解だった?」

「僕?31問。」

「31?31って言った?今。何で?何でそんなに取れんの?」

広樹が聡に詰めよった。
聡は、少しのけ反った。

「え、だって入学した時からこれは全員受けるって 先生言ってたし、4月から少しずつやってたから。」

と、当然の様に答えた。
徹、真白、広樹は尊敬の眼差しで 聡を見つめた。

「何?ちょっときもち悪・・・・」

聡が後退った。

「ちい兄ちゃんも、1回目、4問だったって言ってたから、何かやり様があると思うんだよね。」

「本当?涼二(りょうじ)さん 一回で合格したの?」

「うん。乙種は1~6までコンプリートしてるよ。在学中に。」

「乙1~乙6まで全部?」

「うん。家に消防試験研究センターから もらったでっかい表彰状があるよ。ちなみに大兄ちゃんも、持ってる。」

「スゲー。どうやって勉強したのか聞きたい。」

「んー じゃあラ○ン送ってみるか、でもたぶん授業中だから すぐ返事来ないよ。」

「いい、いい。別に今日でなくでも。」

「了解。」

真白は スマホを操作し始めた。
先生に見つかれば没収だ。
男子達で壁を作って 他から見えない様にガードした。

 放課後、部活で1年はアルミの棒を ひたすらヤスリで研磨していた。
少し先にある ロボットコンテストに出すロボットを、部内全体で作っている。
1年はまだ あまり難しい事ができないので、アームや足が スムーズに動くように関節部分を ひたすらに磨いている。
 簡単な作業なのだが、何故か皆、無口になってしまい、5人とも黙々と磨いている。
すると真白のスマホが、ブルッと震えた。

「ちい兄ちゃんかな。」

部室に先生がいないので、すぐにスマホを取り出す。
広樹がいち早く反応した。

「え。涼二さん?何だって?さっきの返事かな。」

「んーとねぇ、・・・『焼肉食べ放題行くけど 行ける人ー』だって。」

4人は黙って首を傾げた。
徹が手を止めてきいた。

「何?どう言うこと?」

「たぶん、ちい兄ちゃんが焼肉行くから、行ける人は 連れてってくれるんじゃないかな。
どうする?」

「どうするって・・・・」

徹が困惑気味に言った。

「ちい兄ちゃんが言ってるって事は、お母さんの了承済みだろうから 私は行くけど。食べながら試験の話しもしてくれるんじゃないかな。行けそうな人は 家に連絡いれて聞いて 聞いてみたら。」

真白が 言い終わらないうちに、スマホを操作し始めたのは、広樹ではなく聡だった。それもメールやラ○ンではなく、電話だ。

「もしもし母さん!今日、友達と夕飯行っていい?」

かなりのハイテンションだ。
そんな聡の様子を見ていた広樹が呆れている。

「聡は乙4の話し、聞かなくても大丈夫じゃん。」

徹は苦笑しながら

「仕方ないんじゃない?なんたって 憧れの人だし。」

と、肩をすくめた。
真白はクスクス笑っている。
結局、徹、聡が行けることになった。
勇介(ゆうすけ)は、他の友達と先約があるらしく、広樹は県外の親戚の法事があり、今夜のうちに家族で出発するのだそうだ。

「俺が1番聞かなきゃいけないヤツなのに!
月曜日に 勉強のやり方、教わったやつ教えてくれよ。絶対!」

と必死だ。
真白はラ○ンで

[私を入れて 3人参加でよろ。どっかに集合する?]

と、送った。

 〔みんな、一旦帰宅。車で迎えに行く。〕

 〔おけ〕

後半のやり取りはこれ。
と、言って二人に見せた。

「え?迎えに来てくれるの?いいのかなあ、そこまでしてもらって。」

聡と徹が恐縮している。
「いいんじゃない?ちい兄ちゃんは やりたくない事は、絶対やらない人だから。自分で言ってるんだから 気にしなくても。」

取り敢えずまた、みんなで研磨作業に戻り 黙々とヤスリを動かし始めた。

部活が終わって、自転車置場で やはり部活終わりの清文(きよふみ)に会った。
真白が自転車のカゴに バッグを入れながら
声を掛けた。

「ねえ、清文さあ今日ってこれからヒマ?」

「んー、ヒマっちゃヒマだけど、汗だくだから 直では遊びたくない。」

Tシャツをパタパタさせながら言った。

「大丈夫。私らも一旦帰るから。私の兄ちゃんが 焼肉食べ放題おごってくれるから一緒に行こうよ。」

真白が言うと、焦った声を出したのは 徹と聡だった。

「自分の分は自分で払うよ!
この前も龍一(りゅういち)さんにご馳走になってるし。」

「えー大丈夫だよ。ちい兄ちゃんもバイトしてるし。だいたい、自分から誘っておいて 金払えなんて言わないよ。しかも高校生に。」

そして清文に向き直った。

「ね、一緒に行かない?家帰って少ししたら
私とちい兄ちゃんで車で迎えにいくから。」

「送迎付きかよ 豪勢だな。」

「いく?私達、ちい兄ちゃんに 乙4対策教えてもらおうと思ってるんだ。」

「迷惑でなければ行かせてもらおうかな。
乙4は俺もヤバイんで、対策聞きたい。」

「よし、ちい兄ちゃんに連絡だ。」

真白は すぐさまスマホをいじり出す。

 〔ひとり追加でよろ〕
 〔りょ〕

「これで良しっと。じゃあこれで、私、家帰って準備して 家でる時ラ○ンする。私んちからだと どういう順番で行けばいいかな。」

徹が清文に聞く。

「清文、家どの辺りなの。」

「A高のすぐ近く。」

「じゃあ、清文1番だな。で、聡が次で最後が俺かな。」

「OK。ラ○ン入れたら清文に電話するから 
ナビして。で、清文拾ったら 聡に電話ね。
最後がテツと。あ、清文、ラ○ンと電話、交換して。」

「ラ○ンは このメンツでグループ作れば
早くねぇ?」

「そうだね。そうしよう。」

「番号はこれな。」

「うん。・・・・と よし。私、帰るだけで
小一時間かかるから、そのつもりでね。着替えもしたいし。」

「おう。」

「了解。」

「うん。」

「じゃあ、あとでねー。」

真白が凄い勢いで自転車を漕ぎ出した。

「慌てて事故ったり 転んだりするなよ!」

徹が大声で怒鳴ると、真白は少し振り向いて、

「わかってる~!」

と、叫んで正門を抜けて行った。

「あいつ、女らしい女の概念から 見事に外れてんな。」

清文が溜め息混じりに言った。

「うん。その意見、入学直後に ヒロと俺で
一致したやつ。」

徹が思い出して 笑った。

「でもさ、真白は可愛いよね。何でも一生懸命で。僕、真剣に作業してる時の真白好きだな。タコみたいで可愛い。」

ニコニコしながら言った聡に、徹はぎょっとした。女の子に対して 可愛いとか、好きとか、さらっと言えてしまう事に びっくりだ。

「え?それって恋愛感情?」

思わず聞いた徹に 聡は澄ました顔で、

「タコに恋愛感情は、湧かない。」

と答えた。
清文は ぶっ、と吹き出してから 感心気味に言う。

「よく女の事を ペロッと好きとか 可愛いとか言えるな。」

「僕ね 姉と妹がいるんだ。この2人 新しい洋服着た時とか、美容院行った時とか めざとく見つけて誉めてあげないと すごく機嫌悪くなるんだよ。だから女の人誉めるのは慣れてるの。」

「あれ、聡 お兄さんいたよな。」

真白の兄の話の時、聡の兄の話しも出た事を、徹は思い出した。

「うん。3歳上の兄、2歳上の姉、僕、2歳下の妹。」

「うわっ4人兄弟? すごいね。」

「4人兄弟の3番目なんて 本当に何でも自分でやらなきゃだから。勉強も、女の人誉めるのも、ね。今日だって、僕夕飯要らないって、言ったら、みんな 自分達のおかずが増えるから 喜んじゃうよ。
まあ、何でも自分で出来ちゃえば、親もほっといてくれるしね。信頼してくれてるんだけど
いろいろ口出すの、めんどくさいってのも有るんじゃないかな?」

清文が呟いた。

「お前の親も 上手く仕込んだな。」

徹がちょっと呆れた。

「でも、真白がタコって言うの わかる。俺
授業中、ヒロと初めてそれ見つけて、笑い堪えるの大変だった。」

「あれ、可愛いよねー。細かい作業、苦手なのかな。でも、今日のヤスリがけの時も タコになってたから、夢中になると、なっちゃうのかなあ。」

「あれ、可愛いかなあ?」

徹が腕組みをする。

「面白い方がピッタリ来る気が・・・」

「あのタコ唇、クラスマッチのバスケの試合ん時もでてたぞ。他のやつらは気づいてなかったけど 俺、吹き出しそうになって やばかった。」

「ほんと?俺、気づかなかった。じゃあ、もう
あれは、クセか。」

「俺もあれが可愛いかどうかは甚だ疑問だ。
俺の知ってる“女”じゃねえな。」

「え、清文、女 知ってんの?」

「そう言う意味じゃねぇ!テツ、お前、欲求不満か!」

「知らないのか。何か安心した。」

「テツ、テメェ・・・・・・」

まあ、そう言うお年頃だ。
許して頂こう。
2人の会話を 笑いながら聞いていた聡が 話を引き取る。

「部活の時も、真白 資材なんかヒョイヒョイ運んでるよね。結構重いやつ。まあ、重い顔しない様に頑張ってるんだろうけど、あれは、
“女子高生”ではないよね。」

「“女子高生”じゃなければ、何だ?」

清文が聞いた。
聡が空中に 人差し指で文字を書きながら  一言。

「“女子工生”」

清文と、徹はポンと手を叩いて 頷いた。

「ピッタリ。」

真白のタコ談義をしながら 3人も学校を後にした。
徹は自転車を漕ぎながら、聡が真白の事を
『可愛い』とか『好き』とか言う事に、少々
モヤッとしたものが、胸に広がったのを感じた。
そして 先日、機械科の男子ともめた時、真白に掴まれたシャツの熱を、思い出していた。
この感情の正体を 突き止める事を、ためらう自分を 振り払うように、自転車のスピードを上げた。

               ⑨ー(2)に続く









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