見出し画像

【小説】女子工生⑨乙4とタコと焼肉(3)

乙4とタコと焼肉

 7時30分を少し回ったところで 食べ放題の店の店内は ほぼ満席だ。
しばらく 待たなければいけないかと 思っていたが、涼二(りょうじ)が店員に言った。

「5人で予約した、佐山ですけど。」

どうやら話が決まった時点で、予約を入れておいてくれた様だ。
すぐ、個室造りのテーブルに案内され、メニューを渡された。

「こちら、全メニュー、オーダー可能のコースで ございます。お時間は2時間で9時45分までになります。ご注文がお決まりになりましたらそちらのタブレットからお願い致します。操作の仕方はお分かりになりますか?」

店員さんが流れる様に説明する。
涼二が

「はい。分かります。」

と言うと、

「では、ごゆっくりどうぞ。」

と言いながら、おしぼりや 水、箸や小皿などを置いて行った。

「ちい兄ちゃん、1番高いの予約してくれたんだ。太っ腹~。よーし、食べるぞー。」

真白が言うと、涼二が苦笑する。

「お前、ちっとは遠慮しろよ。」

真白はすました顔でメニューを見ながら言った。

「食べ放題で遠慮してどうすんの。それに私が ちい兄ちゃんに遠慮したら、みんなも遠慮しちゃうじゃん。あ、お肉はてきとーにお願い。あと、ボンボチと、ホルモンと、丸ごとたまねぎと、ウーロン茶。」

「お前 頼む物のチョイスがオヤジくせーよ。ほら、お前らも好きなもん頼め。腹減ったから、資格の話しは後な。飲み物決めて。」

肉や飲み物が来て、しばし 飲み食いに撤する。

「友達から見て、真白ってどうよ。学校で。」

腹具合も 落ち着いて涼二が聞いた。

「本人の前でそれ聞く?」

真白が焦る。
撤(てつ)と清文(きよふみ)と聡(さとし)がお互いを見ていたが、徹が口を開いた。

「ひと言で言うと、いいやつです。真面目だし、努力もするし、俺 集中して授業受けるって 真白から教わりました。」

「うん。何でも全力って感じだな。球技大会の時も、真白がいた事がベスト4まで行った要因のひとつだな。」

清文が言うと、聡も続く。

「部活の時も、真剣ですよ。重い資材とかも
文句も言わず運んでくれるし、プログラミングで何回数字が変更になっても、黙って打ち直しするし、最近、真白 “女子高生”じゃなくて
“女子工生”だねって皆と話してたんです。」

聡は 指で空中に“高”と“工”の字を書いた。
真白が食べていた手を止めて

「え?みんな?みんなって?」

と、聞く。
聡は 徹と清文を指差して

「みんな。」

真白が怒るのかと 徹と清文が、身構えたが、

「女子工生ってちょっといいかも。」

と、気に入った様子でホッとした。
が、聡が要らない事を言い出した。

「あと、勉強とか作業とか、熱中すると、顔がタコになるのが めっちゃ可愛いよね。」

(何 言い出すんだコイツ!)と 徹と清文が、心の中で ツッコミを入れて、黙って真白をうかがった。
真白は張り付いた笑顔を崩すこと無く言った。

「それも 皆が言ったのかな。」

「そ。みんな。」

すると真白は 頭を抱えて天を仰いだ。

「学校じゃあ気を付けてたのにぃ~!」

「お前アレ、自覚あったのか。」

清文が驚いて聞くと、真白の代わりに涼二が
吹き出し気味に答えた。

「真白、小さい頃から作文書いたり、絵描いたり、計算問題やったりすると時、タコになるんだよ。1年中俺らにいじられてたもんな。」

「だって、無意識だもん、仕方ないじゃん。」

そう言って、立ち上がった。
今度こそ怒ったのかと思った徹が 恐る恐る聞く。

「どうした?怒った?」

真白はイタズラっぽく笑った。

「タコにならない様に 顔を少し直してきます。」

そう言って、化粧室へ行った。

清文が、胸を撫で下ろした。

「ビビった。聡、何言い出すんだよ。」

「え?だって あのタコ顔、可愛くない?僕
あの顔好きだよ。見てると癒される。さっきも言ったけど。」

「聡君、真白の事 好きなの?」

涼二が聞いた。

「いえ、恋愛感情ではないんです。んー可愛いワンコとか 猫とか、そんな感じです。あ!
妹さんの事、犬とか猫とか すみません。」

「いやいや。で、そっちの2人は?」

聞かれて清文が 口の中に入れていた肉を
ごくりと飲み込んだ。

「俺は・・・妹感覚ですかね。同級生だけど。この間、機械科のやつに絡まれた時も、なんかすっごい腹立ったし。自分の妹が絡まれてるみたいで。」

徹は、しばらく考えてから答えた。

「俺はよく分からないです。最初は女子っぽくないなって思ってたけど、友人として すごくいい子だし、頼りになるし、強気だし、でも 弱いところとか あやういところとか、たくさんあって、守りたいとか、支えたいって思うけど それが恋愛感情なのかって言われると よく分からない。」

そこまで言って、ハッとした。
この人、真白のお兄さんだった!

「な、なんか すいません。」

徹は慌てて 謝った。
何か言われるかな、と 思ったが、涼二は優しく微笑んだ。

「みんな、ありがとな。真白と友達になってくれて。知ってるかもしれないけど、真白、
前にいろいろあってさ。・・・子供のころは
すごく明るくて、学校であった事とか もう
ウルサイぐらい よく喋るやつだったんだ。
でも、中学入ってしばらくして あんまり
学校の事、話さなくなった。
部活の事は ポツリポツリ話したりしたけど
クラスの事とか全然。家でも笑わなくなって
部屋に籠る様になった。成績は随分良くなったみたいだけど。」

徹が アイスコーヒーを手に持ったまま、話を聞いていた。
ふと、思い出した。

「前に、成績良ければ 先生に変な勘繰りされないで済むっていってました。下手に介入されて、また、めんどくさいグループに入れられたくない、って。」

「うん。それもあったと思う。でも成績上位でいる事が、真白が自分の存在を示す 手立てだったんじゃないかな。」

「存在、ですか。」

「中2になっても、真白の様子、変わらなかったから さすがに心配になってさ、部活が一緒の子に ちょっと聞いたんだ。」

「あの、副部長って言ってた?」

「うん。部活の事も話したのか。」

「はい。2人しかいなくて、真白が部長で
もう1人が副部長だったって。」

「そう。そしたらその頃には 真白、空気みたいな感じになってたって。いても いなくても誰にも関係ない。授業のグループには、どこか入れられるみたいだけど、何も頼まれない、喋らない。透明人間みたいな扱いされてたみたい。なのに時々、廊下とかで突然 誰かに揶揄されたり。
部活の子は 『クラス離れてるから、階も違っちゃて、なかなか関われなくて』って謝られた。でも、部活に居場所があったから 不登校にならずに済んだみたい。こっちは感謝したいぐらいだけど。」

涼二は テーブルの上で組んだ手を、ギュッと
握りしめた。
徹が 涼二を気遣う様に言った。

「真白、無視されただけだ、いじめはなかったって。」

「物理的ないじめは無かったみたいだけど、何百人もいる中で孤立って、辛かったと思うよ。中学3年間で凄い痩せちゃったし。だから良い成績取って、先生に認めさせるのが、学校にいる事を 認めさせる事になってたんだと思う。」

清文が聞いた。

「修学旅行とか、行事はどうしてたんですか?」

「全部病欠。」

「全部?」

「修旅も、運動会も、文化祭も、遠足も全部。あ、遠足だけは 1年の5月頃 1度行ったか。でも それだけ。だから卒業アルバム、顔写真あるじゃん。ひとりひとり載ってるやつ。あれしか写ってないよ。クラスの集合写真すら載ってない。」

「え、でも それだけ行事、病欠が続いたら先生が何か言って来るんじゃないんですか?!」

聡が思わず、大きな声を出してしまった。

「気づいてたと思うよ。でも表には何も出てないし、普通の日は遅刻も欠席もない。成績も良い。気づかない方が 先生も楽じゃない。」

「そんな・・・・・」

「所詮他人事だよ。1年でクラスも変わるし、3年で卒業。自分のクラスで問題はない方がいいじゃない?現に3年の時の担任が『大きな行事があると、緊張しちゃうのかしら。』って
言ったらしい。俺たち家族は それ聞いて 
もう、中学校には期待しないって思った。」

3人は黙って聞いている。

「進学先を決めるとき、学区内の進学校を強く 勧められたけど、真白は工業を選んだ。親も、俺らも 真白が行きたい学校へ行けばいいと思ってたけど先生がしつこくってさあ。三者面談の時、母親が切れたらしい。」

「え?真白のお母さんが?」

「面談で?」

思わず、徹と清文が、聞き直した。

「うん。『今までずっと真白をほっとかれて、なんでこっちだけ学校の言うこと聞かなきゃ行けないんですか!!』って。そりゃあもう、学校中に響き渡るくらいの大声でね。」

涼二は、握った手を口に当てて、クツクツと笑った。

「『先生は 真白が皆から無視されてたのを 気付いてたのに 気付かないフリをしてましたよね!だったら卒業まで気付かないフリを続けてください!今までの様に!! 真白は真白の行きたい学校へ行かせます!』
って怒鳴ったんだって。母親本人に聞いた。」

強張っていた涼二の表情が少し緩んだ。

「その話し聞いた時、家中で『母さん良く言った!』って拍手喝采だったよ。
だから高校入学して、テツとかヒロとか名前が出る様になって、俺らもホッとしたんだ。」

徹が一瞬考えてから言った。

「真白、入学して間もない頃、中学の時の話、教えてくれたんです。あ、もっと軽い感じ、大した事ない感じでしたけど。高校に来てすごく楽だって言ってました。生活が楽、息をするのが楽って・・・・」

涼二は目を大きく開けて 驚いた顔をした。

「そう。君たちには言ったのか。そうか。」

と、目を閉じた。
そしてまた、3人の方を見た。

「大兄も、君たちを見に行ったみたいだし、俺も会ってみたかったんだ。真白も昔の真白に戻って来たしさ。ただ、友達として出てくるのが 男ばっかなのが気になってね。」

徹が答える。

「真白、クラスの女子ともよく喋ってますよ。俺達の他にも友達いるし、部活の電気科のやつともよく喋ります。今日は来られなかったけど。先輩にも可愛がられてますよ。」

「うん。ありがとな。これからもよろしく頼むよ。それと、特にお前。」

徹を指差した。
呼び方も“君たち”から“お前”に戻った。

「大兄も 言ったと思うけど、真白と何かある時は 必ず報告しろ。」

ニヤリと笑う涼二に 3人は黙ったまま、何とも複雑な顔をした。

そこへ真白が戻って来た。

「ただいまー。私そろそろデザートにしようかな。パフェとクレープ、どっちにしようかな。」

タブレットのメニューをスワイプさせている。

「デザートもいいけど、乙4(おつよん)は?」

涼二が言うと、清文が身を乗り出した。

「そう!乙4!どう勉強していいか、さっぱりで!教えてください。」

涼二が肉に箸を伸ばしながら話し出す。

「学校に 過去問題のプリントあるだろ。あれ、まず去年の分 100点になるまで何回もやれ。で、100点になったら2年前のを100点になるまで何回も。それ 10年分ぐらい遡って 全部百点取れる様になったら行けると思う。それでも本番は100点取るの難しいだろうな。でも 合格ラインには行くよ。俺、そのやり方で
乙種(おつしゅ)コンプリートしたもん。」

真白は首をかしげて聞いた。

「そっかあ、過去10年分の問題を 丸暗記って事?」

「ま、乱暴に言っちまえばね。大事なところはわりと毎年出るし、乙4で法令とか受かっちゃえば、他の乙1とか乙2とか受ける時は 性質だけになるから、楽だしな。」

「とにかく、過去問をひたすらやるって事ですね。」

清文が言うと、涼二が肉をモグモグしながら答えた。

「でも、まだ少し先だろ?1回、乙4の参考書、さらっとでいいから 音読しとくといいよ。
黙読じゃなくて音読な。意味分かんなくても とにかく音読。で、そのあと 過去問やると入りが違う気がした。俺は。」

「ありがとうございます。やってみます。」

徹と清文が2人で頭を下げた。

「月曜日、ヒロと勇介(ゆうすけ)にも教えないとね。」

と真白が言い、

「やっぱりパフェにしよっと。」

そう言ってタブレットを操作し始めた。
そのあとは、聡が涼二の高校時代の事を聞いたり、球技大会の話をしたりして、時間が過ぎていった。
また、みんなを順番に送りながら帰路に着く。

「今日はありがとうございました。ご馳走さまでした。」

と、それぞれ礼を言って、別れた。
最後に清文を降ろして涼二と2人になった真白が言う。

「今日はご馳走さま。すっごく楽しかった。
私がトイレに行ってる間、何か余計なこと言わなかった?」

「いろいろ言ったけど、余計なことは言ってない。・・・・と、思う。」

「何 言ったんだか。」

真白は頬杖をついて、ふっと笑った。

「良い友達が出来てよかったな。」

「うん。ただ、中学ん時 友達上手く作れなかったから、距離感がよく分かんない。」

「友達の距離感ね。お前が居心地いいのが 
1番なんじゃない?あいつらなら間違ってたら言ってくれそうだし。」

「だといいけど。」

「あいつらの中に彼氏候補はいなあのか。」

「は?」

「あの撤?とかお前、1番気を許してるみたいじゃん。あと、清文?背、高いしイケメンじゃん。聡は女の子の扱いに慣れてそうだし、頭良さそうじゃん。」

「んー、みんないいやつだけど 恋はないな。やっと友達に慣れてきたところで、彼氏とか
考える暇ないや。」

「まあ、そうだろうな。」

そして、ボソッとつぶやいた。

「かわいそうに。」

「え?なんて?」

「いや。高校生活は楽しく過ごせそうで良かったなってさ。」

「うん!」

車は家に着き庭へ入って行った。

                 ⑩に続く


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?