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【PODCAST書き起こし】劇作家の長田育恵さんに聞いてみた(全4回)その4

【PODCAST書き起こし】劇作家の長田育恵さんに聞いてみた(全4回)その4

【山下】ポッドキャストで「伝統芸能部」というのをやっていて、能楽の話とか文楽の話とか、落語とかをやってるんですけど、去年の12月に『現代能楽集』を長田さんが書かれて……『隅田川』ですね、書かれて……あれはどういうふうなプロダクションで進めていかれたんですか? あれはそもそも、この『現代能楽集』のシリーズがあるから書いてくれませんか? というオファーが来たんですか?

【長田】『現代能楽集』のオファーで、「題材はどれにしますか?」と言われて、『現代能楽集』の中で女性が書く機会になったのが10回目にして初めてだったので、萬斎さんが「女性が書くから、女性のよさが出てくるやつがいいかもね」というアドバイスをくれて、私と瀬戸山美咲さんがそれぞれやりたいものを持ってきて。

【山下】それは、一緒に「せーの」で?

【長田】一緒に「せーの」で出して(笑)。

【山下】そうですよね、重なっちゃうといろいろややこしいですからね。(笑)。

【長田】『隅田川』は2人とも付箋を付けていて。

【山下】アハハ(笑)。『道成寺』は?

【長田】美咲さんが付けていて……「『道成寺』が私かな」って美咲さんが(笑)……「『隅田川』が育ちゃんかな」っていうふうに言ってくれて。それで『隅田川』で決まりましたね。

【山下】ああ、そうなんですね。もう、それはわりとすっと、1回目で「じゃあ、これとこれ」って言って決まったんですか?

【長田】私の場合は、やっぱりさっきの評伝と一緒で、自分の違和感とか立脚点がいかに入るかということなんですけど、『隅田川』の場合は、本当に自分の中での違和感がすごく大きかったのでこれにしようと思いました。

【山下】それは『隅田川』という、もともとの物語が持つものに対してですか?

【長田】そうなんです。子供を探してきた母親が、ずっと上方から旅をしてきて……。

【山下】そう、もう隅田川まで行っちゃうんですもんね、すごいですよね。

【長田】そうなんです。それで、子供を探すために川を渡る船に乗りたいって言うんですけど、「この船に乗せる代わりに、乗せてほしかったら面白く舞って見せよ」っていうふうに言われて、自分の身の上を舞うんですけど、それを読んだときに、どうしてわが子を探してはるかな旅をしてきて、もう心身ともにボロボロで、なのに他の人たちはみんな船に簡単に乗せてもらえるのに、何で女というだけで船に乗せてもらうためにこの人たちを楽しませるために「舞って見せよ」なんて、さらに言われなきゃいけないんだろうと思って。たかが船に乗ることさえも認められないのかってすごく思って……なんか、すごく当たり前のことがまず達成できない、女性というだけでそういうハードルを与えられるということとかに、まずそこに違和感を感じたんですよね。
『隅田川』というと、母親が子供を探すという、子を思う母の愛情の深さとか、そういうのがメインで語られる文脈だと思うんですけど、まずそこの、船に乗ることさえも許されないのかというところが自分にとっての大きな違和感。それだけでこの作品を書きたいと思いました。

【山下】なるほど。最初に読んだのは能楽の……ベースになるものは……。

【長田】そうです。能の謡のほうを。

【山下】謡を。

【長田】はい。

【山下】それ以外のものもいろいろ参照されるんですか? 書くときに当たっては。

【長田】それを置き換えるのを児童相談所とかの話にしたので、そこからの資料は読みますけど……。

【山下】逆にそっちのほうを。

【長田】はい。もととなる謡としてはその謡だけを読みます。

【山下】それが底本としてあって、そこから現代に置き換えていってらっしゃるんですか?

【長田】はい。

【山下】そのとき、現代の問題に置き換えて新しく物語を再構築していますけど、そのときにそこに出てくるいろんな現実的な問題とか事実みたいなことを、やっぱりそれは資料に当たってらっしゃるんですか? 児童相談所とか……。

【長田】こういう話に置き換えていこうかなという、女性三世代の話にしようかなと考えて、そこに肉付けを与えていくという作業ですかね。

【山下】それは0から創作するんだけど、自分でやるんじゃなくて、資料を当たった上で、それをベースに書いてらっしゃるんですか? それはわりとスラスラと書けたんですか?

【長田】いやいや……こうしようと決めて、それを書き出すために必要な資料を調べにいくという感じですね。

【山下】やっぱりそうなんですね。だから、やっぱりそこがあるから……そこのリサーチって大事だなと僕は思っていて……。

【長田】でも書けないですよね、児童相談所の日常なんて。

【山下】ですよね。

【長田】はい。

【山下】だからこうやって書かれてるんだ……そうすると、それにすごい手間がかかるじゃないですか。

【長田】そうですね。

【山下】だからそこを、やっぱり事実と則しながら書いてらっしゃるということが一つの力につながっていくんじゃないかなと。

【長田】やっぱりちょっと自分は書けなくて……そういう、架空で書くのは。だから、カウンセラーとか臨床心理士さんにも取材に行きました。どういうふうに人の話を聞くのかを。

【山下】そうですよね。やっぱり、親と離れ離れになってしまうような経験って、なかなかできないですし、いろんなことを聞いていかないと作れないけど……。

【長田】でもケースは、そのときコロナがちょうど始まったときに、コロナが始まって最初の夏休み中に、公園かどこかで子供を産んでしまった女子高生のニュースとかがあったんですよね。

【山下】ありました。僕もそれは……ビジネスホテルで自分で産んだというやつかな。

【長田】そういうのを見ながら、コロナで貧困の問題も拡大してたし、大人の目が行き届かないところにたくさんひずみができていて、もともとは消えてしまう声をどうやって救い採るかというためのものだと思ったので、そういう部分を拾おうという目的を引き寄せるという感じでしたね。

【山下】あそこまで持っていくのが、どういうふうなあれでああいうかたちになってるのかというのはすごく興味があるんですけどね。

【長田】やっぱり、そういうコロナの状況下とか、今新作を生み出すときの時代背景とかは絶対に関わりがありますよね。

【山下】それは、やっぱり今に通じていくということなんでしょうかね。

【長田】そうですね。何を書くにしたって……。

【山下】だから、震災が起きたら震災のことがあるだろうしみたいな。それが本当に、まさに『現代能楽集』になったということかもしれないですけど、それは別に、長田さんは能楽がベースでなくても、この次にお書きになる新作でもたぶんそれがつながっていくんだなと。

【長田】そうです。方法論としては評伝演劇でやっていたこととも全く一緒というか、器は別に何でもよくて、そこに何を入れ込むかみたいな話ではある。

【山下】そうすると、評伝演劇もそうだけど、能楽もそうだけど、物語の骨子となるようなものとか、その人物の生涯があって、そこに自分が課題となるものを発見して、そこに光を当てていって構成していくというような作り方なのかな。

【長田】そうですね……それで生身を作り直していくという感じですね。

【山下】なるほど。あと、ここの『テアトロ』ですごく面白かったのが、「俳優がしゃべるための言語を書いている」ということをお話になっていて、これは面白いなと思っていて。作家だから演出しないから、あとになって少しわかったっていうふうに言われていて、面白いなと思って。

【長田】そうですね、あとから(笑)。

【山下】僕らもセリフとかを書いたりするので、そのときに「しゃべり言葉じゃないよね」ってよく言ったりするんですよ、この企画はとかって。「これ、しゃべるとおかしくない? しゃべってみて」って言うと「やっぱりそうか!」というのがあって、それと同じようなことを長田さんは感じられたって言ったんですけど、ちょっとそのお話を少し……。

【長田】簡単に言うと……簡単に……でもこれって簡単に言えない感じではあるんですけど、でもやっぱり、ある日、舞台を見ていて、「この人たちは他人が書いた言葉しか、原則しゃべれないのか」って思ったら、すごいことだと、まず責任を感じたというのがあって、だからセリフというのが……すごい感覚的な話になるんですけど……。

【山下】いえ、大事なことだと思います、すごく。

【長田】彫刻刀みたいなものと同じ役割をしていて、この登場人物がどういう人間であるかを自分で説明することはできないじゃないですか。この人物がどういう人間かを浮き彫りにするには、何をしゃべっているか、どういう行動をしているかしかなくて、だからセリフが彫刻刀みたいに人物をまず削り出しているんだなという気づきが一つあったんですよね。それが外側上の気づきなんですけど、内側の気づきとしては、やっぱり稽古場でいろんな俳優さんたちとともにしていたときに……すごく顕著な例で、満島ひかりさんの例を挙げるんですけど……。

【山下】『羅生門』でしたっけ?

【長田】はい。ホリプロで『羅生門』という仕事をやったときに、芥川の短編をいくつかまとめて上演するという作品だったんですが、その中で『藪の中』という作品もあって、満島さんが山賊に凌辱されてしまう新妻の役、『藪の中』の筋の話だったんですけど、後ろ手に縛られている満島さんが、縛られたところに山賊が近付いてきたときに私が書いていた言葉が、「来ないで」という言葉だったんです。だけど、満島さんがどうしてもこれを言いたくないというふうに言っていて。でも文脈から見ると、こうやって後ろ手に縛られていて山賊が近付いてきて、「来ないで」ってたった4文字の言葉だから、文脈としては合ってるんですよ。でも、何が言いたくないのかは満島さんご本人もわかんないんです。でもずっと稽古を見ていて、結局採用した言葉が「近付かないで」という言葉にしたんですけど、これ日本語で比べると「来ないで」という言葉より「近付かないで」のほうが書き言葉としては難しいから、第一巻としては「近付かないで」っていうほうはたぶん書けないんですよ。だけど舞台上では、「来ないで」って言うと、最初が「お」から始まるから、「来ないで」って拒絶を言いながら、もう精神的には負けを認めてる音のように、たぶん満島さんは感じて、「来ないで」というのは=「来て」ということと一緒の意味に、彼女の中ではなってしまった。だけど「近付かないで」だと、ちょっと音の鋭さとか、前に出てまだ中に入れさせない音だから、彼女にとってはまだ機関銃を持つように、まだ戦いようがあるという。だから、こっちの言葉のほうが俳優にとっては武器になる。それで、彼女が舞台でやりたかった表現は、「来ないで」と言いつつ「来て」と受け入れることではなく、本当に最後の最後まで戦うことを舞台表現としてやりたい……ということを、稽古場を見ながら自分でも理解していくという。
言葉一つなんですけど、俳優の表現……何をやりたいかとか、その俳優をどういうふうに……自由になる力を与えてあげられるかというのが、たぶんセリフにあるんだなというのを、そのときに実感したという体験をしたんです。

【山下】面白い話ですよね。そのとき長田さんは稽古場にいらっしゃったからそれができたんですよね。テキストの変更が。

【長田】そうですね。

【山下】このお話面白いなぁと思って……勉強になりました。

【長田】私も勉強になりましたね。

【山下】本当に、これから気を付けて作っていかないとなって。

【長田】いえいえ。

【山下】ちょっと最後になりますが、長田さんはこの舞台の作とともに……これは今月号の『GALAC』なんですけど、ギャラクシー賞の発表で、『GALAC』で……『流行感冒』というNHKのドラマがあって、これで月刊賞をお取りになった。というように、長田さんは最近テレビドラマの脚本も……。

【長田】そうなんですよね。

【山下】これはどういうきっかけでテレビドラマの脚本を書くようになったんですか?

【長田】コロナ禍で、去年の夏に上演を中止しますって表明して、すぐに映像の仕事がバーッと来ましたね。

【山下】バーッと来た?

【長田】はい。

【山下】すごいですね! それは、待ってました! って、プロデューサーがみんな長田さんに書いてもらいたいと思ってたんですかね。

【長田】いや……何度も見には来てくださっている方々で、本当に……。

【山下】テレビ業界の人たちが。
【長田】何年も見てくださっている方たちで、この『流行感冒』のプロデューサーも、かなり初期からてがみ座をご覧くださっていた方たちだったり。

【山下】NHKの人って、けっこう舞台見てますよね。

【長田】すごく初期から見てくださっていて……。

【山下】本当にそう思います。

【長田】だから上演中止にしますって言ったら、やっぱり声をかけてくださって。

【山下】それができるのがすごいですよね。ただ、テレビのドラマと演劇とは、作り方が全く違うんじゃないでしょうか。

【長田】今は……今、うまくはその辺についてはしゃべれないことがあって……例えばテレビ以外にも、映画とかも何年も前から取り組んでいる仕事とかもあるんですけど、なかなかかたちにならないというか……(笑)。演劇はかたちになることが決まってから動き出すので……。

【山下】そうですよね、公演が決まってからですもんね。

【長田】はい、やったことがちゃんと報われるんですけど、映像とか映画の世界って、純粋に作品作りということ以外の、何がいつ動き出し、何がどこでストップするかがわかんない。

【山下】映画は特に多いですよね。

【長田】映画は特に! 何かの事情でずっとストップして、急に「はい、再開」するので、「今すぐ作業してください」って言われても、もう上演期間が始まってたりとか、もう目先があるとできなかったりもするので……(笑)。だからちょっと、今は本当にこの『流行感冒』が……『流行感冒』と、一つ前のNHKの『すぐ死ぬんだから』っていう、三田佳子さんの主演をやらせてもらったんですけど、ちゃんと作業が作品としてかたちになるという経験がやっとでき始めた最中という感じです。

【山下】なるほど、じゃあこれからですね。

【長田】これからという感じです。

【山下】やっぱりテレビは、本当にプロデューサーの意向とか、いろんなキャストの意向とかが演劇以上に繁栄されてくるので、シナリオライターとは言っても、完成したものが絶対じゃなくなるじゃないですか。戯曲と違って。そこに、戸惑いはありましたか?

【長田】ありますが……今のところはNHKの方たちとやらせていただいていて、わりとNHKの中でもアーティスト寄りの方と組ませていただいていることが多いので、演劇の稽古場と一緒で、「こう直したいんですけどどうですか?」……「じゃあこうしませんか?」みたいな。

【山下】それは、普通に対話が行われてるんですか?

【長田】対話をしながら作品として作り上げるということをやらせていただいていますね。それより本当に自分の問題で、子供のころから……そういう意味でアニメとかは見ていましたけど、いわゆるトレンディドラマとかには、ハマらないで来ちゃったんです。その時期に、ずっと他のお話を読んできたので、テレビにハマった経験というのがないままきてしまっていて、でもちょうどコロナのその時期に、母親とかもちょっと具合が悪くなってしまって、もうたぶん劇場には来られないんですよね。そういうときに、テレビとかだったら作品が見られるかなとか思うと、初めて、コロナで外出ができなくなっても物語が必要な人には、テレビだったら物語が届けられる。初めて、ちょうどこの時期があったからこそ、テレビとかの作品にもちゃんと向かい合ってもいいかもしれないって、自分の人生の時間がそこに初めて向いた瞬間ではありました。

【山下】それは本当に、このコロナの影響みたいなものもあったと。

【長田】はい。

【山下】さっき、師匠だった井上ひさしさんも、もともとはテレビの脚本を書かれていましたよね。
【長田】そうですね。たぶん世代的には、同じような世代のときに書かれていたので。

【山下】いろいろと事情がからむ世界でもありますけど、これからも並行してこういう作家活動を、演劇と他のものというので……。

【長田】そうですね、あまりジャンルにはとらわれずに、いつか小説も、それこそ人生の夢としては書いてみたいというのもあるんですよね。

【山下】今、文芸誌で劇作家の人が小説を書いているのがすごく多いじゃないですか。

【長田】多いですね。

【山下】松尾スズキさんとかも書いてらっしゃるし。

【長田】ちょっと、オファーはいただいているんですけど、何年も手を付けられていない……(笑)。

【山下】そんな時間はないぞと(笑)。

【長田】でも、やっぱりそういう意味では、自分の素顔を出して自分の作家性を伝えたいというよりは、自分は隠れていてよくて、物語を書きたいんです。

【山下】そうでしたよね。それは『テアトロ』にも書かれていますよね。

【長田】だからそういう意味では、いわゆる文学者の人たちが書いているものよりも、もともとやりたかった児童文学とかの物語を伝えるということとかを、もしかしたら最終的にはやりたいかも知れないですね。

【山下】ああ、いいですね。児童文学は図書館に置かれて子供たちが読んでくれると、それはそれで楽しいと思います。

【長田】そういうのもやりたいですね。あとは、どのジャンルであれ、人間が明るい方向に向かう力のことを書きたいというのは変わらずにあるので、書きたいことはずっと何も変わってないという感じではあります。

【山下】それは長田さんが、現状よりも成長しよう、何かを変えていこう、障害を乗り越えていこうというふうに、何かそれは現実を見据えながら、お書きになってるので、それがちゃんと作品に表れてるんじゃないですかね。

【長田】そうですね、たぶんそういうものじゃないと、書き切る精神力がないんだと思います。辛いから……やっぱり自分が書くことで何かの……何か誰かの助けになるかもしれないって思うことで、ちょっとでも辛さを和らげようとしてたりとか(笑)。

【山下】いや……でも芸術というのはそういうものだと思います。人の気持ちがそこで癒されて、また次を生きようというのは、芸術、特に演劇がそうだと思うんですけど、すごい力なので。それを自分の給料全部はたいて実現させたという、小学校5年のときの先生の言葉を守ってこうやってやってきたということがよくわかりました。

【長田】そうですね……本当にあのときに言われたからですね(笑)。

【山下】ということで、ちょうど時間になりましたので……長田さん、いろいろとありがとうございました。

【長田】ありがとうございました。

【山下】最後にお知らせをちょっと。このTFCラボ、ポッドキャスト『BRAIN DRAIN』ではnoteを開設していまして、今日収録したものを編集して、その音声コンテンツを書き起こしをしてもらって、1カ月くらいあとですけど、NOTEにも掲載していきたいと思います。
ということで、長田さんいろいろとありがとうございました。

【長田】ありがとうございました。

・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-《音源ここまで》・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
 テキスト起こし@ブラインドライターズ
 (http://blindwriters.co.jp/)
☆いつもご依頼をいただきありがとうございます。
能も演劇も知識がなく、初めて触れる世界でしたが、能を現代の物語に置き換えて上演された『現代能楽集』、大変興味深く感じました。
『隅田川』のあらすじを読んでみて、この悲しい物語がどのように現代に置き換えられたのかがとても気になりました。
引き続きのご依頼をお待ちしております!
ブラインドライターズ 担当:小林 直美 

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