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記事随想-JR九州の路線別収支公表

JR九州は5月27日、同社としては初めてとなる線区別の収支状況を公表しました。ブロック紙・西日本新聞を始めとする新聞各紙でも報じられていますが、ここは原典をシェアしたいと思います。

最も赤字額が大きかったのは日豊本線の佐伯-延岡間で6.7億円の赤字、2番目は肥薩線の八代-人吉間の5.7億円という結果となりました。ただ、以前、「JR四国の経営問題」でも触れましたように、大切なのは赤字額ではありません。最もわかりやすいのは営業係数(100円稼ぐのにいくらの費用がかかるか)です。営業係数は営業収益を営業費用で割ると出てきますので、上記のデータでも算出することができます。営業係数で見ると最も悪いのは日南線油津-志布志間の1,147、2番目は指宿枕崎線指宿-枕崎間の1,042となりました。JR北海道でいうと室蘭本線の北半分(苫小牧-岩見沢間)や日高線の苫小牧-鵡川間と同じくらいで、JR北海道にはもっと厳しい路線がいくつもありますが、それでも1,000を超えるというのはかなり厳しい数字といわざるを得ません。

初の線区別収支公表へ至った背景

今回のこの公表について、青柳社長は次のように発言しています。西日本新聞の記事を引用します。

青柳俊彦社長は記者会見で、利用者が少ない線区だけを公表した理由について「一企業だけで維持するのが大変な線区を知っていただきたかった」と語り、赤字ローカル線の維持に向けて沿線自治体や住民と協議を進めたい意向を明らかにした。
(2020年5月27日付西日本新聞「JR九州が赤字線区の収支を初公表 線路維持、観光列車投入の影響も」)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/611870/

また、さらに青柳社長は、以下のようにも発言したようです。再び西日本新聞の記事を引用します。

会見で青柳社長は、対象線区の将来的な鉄道以外への転換の可能性を問われ、「それを前提とした考えは持っていない」としつつも、「地元と議論した結果としてはあるかもしれない」と含みを持たせた。
(2020年5月27日付西日本新聞「利用低迷を鮮明に 合理化への布石か、JR九州の17線区赤字公表」)
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/611904/

つまり、廃止を前提としたわけではありませんが、その可能性もにじませつつ、まずは地元自治体との協議の参考資料として公表したものです。

しかし、この公表タイミングがあまりよろしくありませんでした。折しも、九州北部豪雨での被災以来、不通が続いてきた日田彦山線の添田-夜明間の復旧断念、BRT化の意向について、沿線自治体で唯一鉄道での復旧を主張してきた東峰村が受け入れを表明した時期と被ったからです。自治体関係者のみならず、多くの人が日田彦山線のようになるのではないか、と危惧を抱いたことだと思います。

案の定、佐賀県知事はかみつきました。佐賀新聞の記事を引用します。

佐賀県の山口知事は「開示するなら、利益を出している所とセットで出すべき。利用者数が少ない所だけを出した趣旨を知りたい」と、今回の公表の形に違和感を示した。青柳社長は、将来の廃線や交通手段の転換の可能性を否定しなかった。山口知事は「(災害時の交通などを担う)指定公共機関としての役割があることを分かってもらいたい」とけん制した。
(2020年5月28日付佐賀新聞「<JR県内赤字線区>利活用「妙案浮かばぬ」 沿線自治体に危機感、知事は違和感」)
https://www.saga-s.co.jp/articles/-/527855

まぁ、正直言って、九州新幹線長崎ルートの整備方法を巡ってJR九州と揉めに揉めている佐賀県知事ですので、この数値公表を見た時には「きっと佐賀県知事は怒るだろうなぁ」と予想していたところ、その通りとなりましたので、個人的には笑ってしまったのですが、まさにこれから地元自治体との協議を行っていこうとする時に、出し方やそのタイミングを誤ると関係がこじれてしまう原因になります。

これはまたいずれの機会でも書きたいと思いますが、どうも鉄道会社と地元自治体の首長は揉めることが多く、直近ではリニアの工区を巡るJR東海と静岡県知事、古くは前知事との関係性があまりにもよくなかったJR北海道と北海道知事や日高線沿線の首長たちが挙げられると思いますが、公的機関側が民間企業への圧迫とも取れる行動を行うことも違和感がありますし、逆に民間側も、もう少し気を使う必要がありそうです。

自治体の知恵と覚悟が求められる時

とはいえ、JRは一応は民営企業です。特に上場を果たしているJR九州には、国のお金は入っていません。正確には民営化時に国から支給された3,800億円を超える経営安定基金を上場時に国庫返納せずに新幹線費用の一括清算や鉄道施設の大規模な減損処理等に充てられました。

上場している以上、利益を出し、株主に還元していく必要があります。上場直後、外資系投資ファンドに狙われるという出来事もありましたが、上場している以上、仕方がないことでもあります。利益を出していかなければならない以上は、赤字の膨らむローカル線をただ垂れ流しさせるわけにはいきません。地元自治体や実際の利用者の声を聴きながら、よりよいサービスや収益改善に取り組んでいかなければなりません。

地元自治体としても、これまでのようにJRにただ委ねるのではなく、ファクトとしての各路線の現状を把握したうえで、どのようにしていくのか、JR側と知恵を出していかなければならない時期に来ています。そういう意味では非常にいいタイミングで、ある法律が可決成立しました。

地域公共交通活性化再生法の改正案が参議院で可決成立しました。これに関する詳細な解説記事はまだありませんが、鉄道やバスを始めとする地域公共交通について、地元自治体がより主体性をもって取り組む枠組みが作られることになります。

ただ、ここで問題なのは、やはり自治体側のリソースの問題でしょう。私は以前にも書いていますが、県レベルならともかくとして、小さな町や村の職員に公共交通を専門とする人材はほとんどいません。

こうした少ない人材リソースの中、さらにここ最近のウイルス禍で地元自治体の職員は疲弊し、人員的にもひっ迫しています。正直、この問題に正面から立ち向かえる自治体はそうはいないのではないでしょうか。

しかしながら、国はやる気のある地元自治体は積極的に支援します。今回成立した地域公共交通活性化再生法の枠組みを使って、既存の法律上の規制を変え、より柔軟に収益改善策が打てるようになります。今こそ自治体は、自分たちにとって、鉄道やバス、公共交通が本当に必要なインフラなのか、そしてそれを維持するにはどうすればよいのか、さらには、自分たちはいくらなら出せるのか、それを真剣に考えなければなりません。そのための知恵と覚悟が求められる時代となりました。

ローカル線の廃止はあり得るのか?

今回、青柳社長は、表面上は「廃止を前提としたものではない」と言っていますが、額面通りにその言葉を受け止める人はほとんどいないでしょう。すぐさま廃止するということはないかも知れませんが、地震や風水害によって不通になるようなことがあれば、日田彦山線と同様に復旧ができなくなる可能性は大いにあると思います。復旧へ向けた優先順位は大きく下がるのは避けられません。

JR九州は上場時に、国から支給された経営安定基金を使って、大規模な鉄道施設の減損処理を行いました。これにより費用に組み込まれる減価償却費が少なくなり、結果として利益を出しやすい財務体質になったわけですが、減価償却費はキャッシュアウトのない費用です。キャッシュアウトのない費用を使って内部留保を積み増し、いざという時の資金にするのも、重要な財務戦略のひとつではありますが、JR九州にはもはやそれがほとんどない状況になっています。計上された利益は税金はもちろん、株主への配当に回されていきます。

何か災害が起きて、ローカル線が不通になった際、必要な資金が確保できず、株主から赤字ローカル線の廃止を迫られた時、JR九州はどう判断するでしょうか。それが「公共交通の担い手として正しい姿なのか」という批判もありましょうが、上場している一民間企業だけでそれをまかなうことが正しいのかといえば、それも疑問符が付くでしょう。

本来であれば、国が、災害時の交通機関復旧や、今回のウイルス禍での公共交通機関運営会社への支援のスキームを早期に確立させる必要がありましょうが、政治的にあまりおいしい話でもなく、なかなか難しいのが実情です。

地元自治体でできることは限られていますが、それでも今回、かなり自由度の高い支援を行うことが可能となりました。国が、JRがと他者を頼ったり責めたりするのではなく、自治体としての姿勢がさらに問われることになりそうです。

(トップ写真は筆者撮影。2019年8月、指宿枕崎線松ヶ浦駅にて)

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