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そしてハナズオウへ至る季節

その塊は、伊東にとって、最初の娘だった。
たしか、五歳と覚えてる。

大根田は塊を一瞥した。
花と蔓、蝋と蜜で飾られた、豪華な本か、人革の飾箱のようなそれを。
表に嵌めこまれた、まだ、ぴくぴくと動く心臓を。
嫌な顔をした。

伊東は気にも留めてない。
彼は恋人に語る口で、狭い部屋に澄んだ声を響かせる。

俺の出番はまだない。

「死んだら、灰になるだけだ。僕は彼女に意味をもたせた」
大根田は太く大きな指を、馴染ませるように拳を作る。
「神学談義はやってたさ。ただ、冒涜の方法を教えたつもりはない」

「僕らは鋼の王国を作った。そこでは理論は法に優先する。虚像は、民を——」
「黙れ。理工学部の伊東はどこだ? 友として彼と話をしたい」
「——私学の坊ちゃんには分からないだろな」

大根田はゆっくり椅子から立つと、大きな背中を向けた。
「あばよ」
彼は十字を切った。

「ふうん」
伊東はゆっくり右手を、あげた。
「ごめんね大根田君」

——俺の出番だった。
9mm弾丸をばら撒く。反動が腕全体に伝わる。
巨漢は内臓がずたずたになり、ぶっ倒れる。
穴ぼこの黄色いトマト袋。

「そういや法務大臣を始末したのは君だったね」
「はい」
「君はいい。正直だ。国際電話をウクライナに。凱舷名義で」

彼はロシア語で2分ほど喋った。淡々と。

「赤坂の迎賓館に向かえ」
「凱舷さんは?」
「娘の買い手がついた。門を開く方法と交換だそうだ」

曰く、サミットを襲えという。
干からびた老人の死により、天の門は開くらしい。


大層な言葉に呑まれそうになったが、ポケットのヨレた万札を握り、正気になる。
待ってた。背反に遅い事はない。
娘殺しの指導者様は、右手に絡み付いた毒蛇に噛まれて死ぬのだ。

「ああ、大根田の死は称えよう。ウ号方式で、できるか?」

最後の出番。頭に一発。

結論、彼は死ななかった。
それどころか、弾が潰したその右目は雷の様に輝く。

「僕は最初からこうだったわけじゃない」

俺の口が、彼と同じ形に動く。

【続く】

コインいっこいれる