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水玉ハンマー、極楽と:TRACK2『SWEET REVENGE part1』

【承前】

そういうわけで、俺は女を泊めることになった。
普通なら喜ぶべきことだろ。俺だって俗物と欲望にまみれてるからな。
だけど俺が拾った女は、単に家出少女とかホームレスとかとは雰囲気が違ってた。その辺の尻軽とも違う。イチャついて喜ぶ感じじゃない。とことこ付いてくるのに、ジトーっとたくさんの目で見られてるみたいだ。
そいつの名は、伊東緒舟。それしか言わなかった。

「……俺は本道(ほんどう)と呼んでくれ」
「呼んでくれ? あなたも私と同じなの?」
「意味が全くわからんのだけど」
「いいえ、私が勝手に考えただけ。……家は、ここ?」

通りを何回か屈折して、ビルが丁度背景になるくらいの位置にあるのが俺の家。正直ボロい。ひたすらにボロいアパートだ。長屋と言うべきかもしれない。玄関についてみれば、こんな夜中なのに隣の部屋のやつはまだピアノを弾いている。俺の知らない曲だった。

「ふうん。友達の家より、綺麗」
「お前に友達がいるのかよ」
「30分前に会った人間の細部を、理解できると思わないで。私も、あなたのことは知らない。あなたも、知らない」
「はいはい。おっさんには敬語を使え」
「ことわる」

一つも食えなかった。俺は彼女と共に散らかった玄関に押し入った。お邪魔しますの挨拶はあったが靴は揃えていなかった。

女は俺が普段生活する居間へと上がり込む。その辺に着ていたジャケット脱ぎ捨てて、「RIP AND TEAR!」と叫ぶ男のTシャツ姿になった。衝撃的なデザインだった。どこで買ったんだ。
そのまま畳敷きの適当なところにぺたんと座って、コロコロクリーナーを転がした。白く細い腕だった。……ところどころに線のような傷跡がついているけど。

「真面目な人みたい、とても」
「社会を知ってるからな。適当に生きていたら今はここにいないさ」
「やっぱり、真面目だね」
俺はハイネケンを開ける。喉に流し込んだ。面倒な仕事の後は、これだ。アサヒよりも飲み慣れた。
「……お前も飲むか?」
「要らない。……まだ、飲めない」
おい。こいつは一体。背格好とか雰囲気からして大人じゃないのか。まだガキ? おい。俺は聞いた。なるべく、丁寧に。

「……覚えてないけど、だいたい、18だったと思う」
「学校はどうしたんだ。そもそも、警察に連絡して……」

「だめ。責任、持って」

はっきり言いやがる。
俺がやっぱり意味不明だって思って頭を捻って、アルコールによってモヤーっとして、それから思考回路を微塵切りにして並び替えている間、彼女はその場で寝てしまった。寝顔は、安らかだった。俺もそのまま、寝た。

◇◇◇

朝。
俺の冷蔵庫には賞味期限が切れた体積1/6のヨーグルトともったいなくも買い足した新品しか入っていないこと、そしてなけなしの食材しかないのは毎日の通りだが、今日は違っていた。

ヨーグルト食われていた。今2箱目の半分を食らっている。

「あのさ。堂々と人のもん食ってんじゃねえぞ——」
がつがつとスプーンで胃に収めている。
「——聞いてる?」
「……ごめんなさい」
「謝って済む問題じゃねえ。腹減ってるなら先に言え」
黙ったところで俺のヨーグルトは帰ってこないんだぞ。俺はぶん殴ってやりたいと思った瞬間にはバツンと彼女の頬に拳を入れていた。
意外にも反撃があった。
「返事だ」
気がつくと、ちゃぶ台はどこかへ追いやられ、お互いに一発殴っては殴り返す、殺伐としたゲームが始まった。朝起きたばかりだが。
殴っては殴り返し、殴られる。また殴る。硬い拳の皮に響き始める——

——「いいパンチだな、腕が細い癖にしなりがある。よく響く」
ぶつッ!俺の一発。柔らかい場所に食い込む拳。
「痛あっ! 痛い!」
ブンッ!彼女から貰った。ひりつく。
「痛覚が無いって勝手に思ってたぜ」
バキッ!すかさず反撃。あいつは思わず声を上げる。
「手加減してるね?」
緒舟は鼻血を出している。拳に力をため込んで、最後の一発を入れようとした時、気がついたら俺の体が宙に浮いていた。
投げられていた。だが俺もとっさに足を延ばして彼女に蹴りを入れる。思い切り蹴ったから、くるくる回って吹っ飛んだ。俺も、あいつも。

《7時:30分 7時:30分 めざっ!》

テレビの時報が鳴ったところで、俺と彼女は起き上がる。俺はあぐらをかいた。
「……俺、仕事行きたいんだわ」
「うん。ごめん」
「反省してるか?」
「あなたが、いい大人って、わかった」
「そりゃ結構」
「私はどうしたらいい? 部屋の掃除? 自分の仕事? それとも出て行くべき?」

これ以上好き放題されたくない。この女はとっととつまみ出さないと。だが俺は……自分を試してしまった。

「とりあえず、ゴミ捨ててくれ」
「あとは好きにしていいわけ?」
「野垂れ死んで糞袋になられても面倒だ。しばらくは勝手にしろ。そのかわり絶対に俺についてくるな」
「仕事の邪魔?」
「もちろんだ」

俺は言い捨てて、彼女の顔を確認せず、だけど特に好きでも何でもない女の前で下着になるのは嫌だったから、風呂場にスーツを持ち込んで、着替え始める。
まず寝巻で髭をそり顔を洗いなおす。

ここまでの状況を、整理だ。

シャツに腕を通す。

俺は昨日の夜、女を拾った。女の子を。だからなんだ。相も変わらず遅刻ギリギリになるわけで、俺の生活も慎ましいまま変わらない。そもそも義理なんてない。

ズボンのベルトを締める。

じゃあもし、この女を扶養していくとして、俺の仕事をどうするか考えたところで、これ以上の出世も望めるわけではないし、入る金だって1月先までわからないのだ。やっぱり俺が関わるべきじゃあない。叩き出すべきか?

ネクタイを首元まで持って来る。

いつまでも引っ張る癖はここにもあるんだ。いい加減今の仕事向いてねえ。忘れねえと。「何かが変わるかも」なんて心のどこかで思ってやがる。ただ宿を貸しただけなのに。……仕方ねえ。変えて見せるさ。

俺は彼女に声をかける。とりあえずあとだ。まずは出発することにした。地下鉄に乗れば間に合うだろうし。

「いってらっさい」
「……鍵、ここ置いとくからな。腹減ったら勝手にしろ。金くらいはあるだろ」
「たぶん」
「じゃあ夕方まで帰らねえ。お前をどうするかもその時決めるわ」

ドアを閉めて、外に出た。相も変わらずピアノの音が漏れている。今日は朝らしいクラシックだった。

◇◇◇

「……行っちゃった」
緒舟はひとり、部屋に残された。彼女にとって普段がそうであるように、特にすることも、すべきこともない。考えれば考えるほど、自分がどこにいるのか解らなくなる。

「……調査、しなきゃ……」

口は動けど気力がなかった。だけど動かなければ。湿った埃の臭いにむせ込んだ後、そのあたりに脱ぎ捨てたスタジアムジャケットを羽織り直す。だいぶこの数か月で合皮部分がボロボロになっている。

なめくじのように進み、閉められたばかりのドアを開ける。生ぬるい風がまとわりつく。ジャケットの下の肌からは、汗腺が開くのを感じる。
地面には、水たまりもできている。

そんな日差しと道路によってあたためられた蒸気を不快に感じつつ、入り組んだ住宅地を抜けて、川を直交する橋を歩き、大通りまで出、サラリーマンたちと並んで、地下鉄の国際交流施設駅まで歩く。大学生のふりはこの数週間で身につけた技術だ。無気力を言い換えるだけだからだ。

金曜日だからか、誰もが疲れていた。

駅の階段をくだり、ごたごたと適当に値段と路線図を見て、切符を買う。小銭が無いから自動券売機に1000円を吸わせる。高めに買っておく言い訳。

改札を潜る。そのまま引き寄せられるように、ホーム中の売店に入る。ここまで20分とかからなかった。いつもなら思いつくはずの自分を呪う詩的表現が、今日に限って出なかった。

「——おお、姉ちゃんか!」
菓子パンを眺めて、ぼんやりとしていたところに、声をかけたのは店員だ。50代近く、目元のしわと、無精ひげが目立っている。女は軽く挨拶した。

「どうも」
「あんたの分も取ってあるぜ」

後ろの棚から電子タバコのフレーバーと、中日新聞を取り出す。

「……いつから私、ここに通ってたっけ」
「だいたい3カ月じゃないか?」
「じゃあ、ほかの人たちにもこうやって声かけてるの?」
「あんたが特別さ」

小銭を渡し、新聞に目を通す。一面はやはり「牛見保険センター」の記事。特にコメントする事は無い。そして隣に小さく、「凍町工作所社長行方不明」。だいたいここ最近の新聞は「行方不明」=「殺された」の構図が成立している。そして、この会社のどこかで死んだという事も。これは彼女が連日のフットワークで発見した法則だった。

もっとも着いた時にはすでに警官の手で目ぼしい証拠が攫われているが。

とりあえず、駅構内の案内板を頼りに、地下鉄に乗り、目的地を作ることにした。電車が来れば、椅子に何とか座ってanelloのリュックを膝で抱く。
どうするかは、これから決める。組む相手もいなければ、友達も皆別れたっきりなのだ。もちろん、頼れる同士すらいない。

却って気軽? まさか。

◇◇◇

「……せんぱぁい」

俺はかったるかった。どうしてこんな奴と仕事に出ないといけないのだ。

「前の担当が死んじゃったんですよォ、知ってますよね?」
「ああ。ニュースにもなったな」
「珍しいですよ。ガワはバレてないからよかったものの」
「あえて言わねえだけだろ」

俺はハンドルを持つ。社用車に乗ってから30分が過ぎている。直線を進んだ後、長い信号まで進み、また止まった。

「……シリアスな顔しすぎですって。これから楽しい仕事の前なんですからねェ」
「楽しいと思った事は無え」
「じゃあ先輩にとって仕事の楽しみって何ですか。誰にもできないことをやるんですよ?」
「誰でもできるさ。あえてやらないだけでな。俺の楽しみは終わった後に寝る事だけだ。……しかしお前、なにも聞かされてねえのか?」

「はい?」

青信号。のろのろと進んで、入り組んだ通りまで入った後、もう一度右折し、また大通りだ。ホテル・ダイロクシアの手前で停車させる。そこまで大きくない。

「今からやる仕事の件は……『青いハンマー』がらみの件だぞ。分かってるんだろうな?」

「そもそも実在するんです? それ。符号ではなく?」

「ちゃんと固有名詞だ。舐め腐ってるとお陀仏だぞ。キズもそいつに殺された。頭をトンカチでカチ割られてな、バッグリとだ」

ヒヨコ同然の相棒はもちろん俺同様のプロだが、あまりにも知らなさすぎる。オカルトを信じないタイプだ。一定数いる派閥だが、組むときは難儀する。

「……現実的に考えるなら、怪力かつ、武術対策をちゃんとしてる奴でしょうね、その青いハンマーっての」

「全然違う。例の現場を俺が見たところ、ヤツは力に頼ってなかった。そもそも戦った痕跡がない。一人一人、順番に食らいついてやがってる」

「ええ、ニンジャですかそいつ」

「いっぺん狙われて、脱出したことある中国系の奴らは間違い無くそう言ってた。伝説はそれにとどまらねんだ。どこまで尾ひれがついてるか知らねえけどな。まず有名な話だと、『関西地獄行脚』はそいつのしでかしたことだ。知ってるだろ?」

「知ってますよ。知ってます。去年の夏でしたよね……えーと、中華系の……名前が出てこない……包丁組じゃなく……」
「バタフライだ」

どう間違えたら包丁になる。とはいえ俺も怪しい。

「ああ、そうです、バタフライです。えーと、それが1週間で皆殺しにあった事件でしたっけ?」

「一度だけじゃない。毎晩、毎晩だ。真の意味で皆殺しだよ。殺しては……進み、殺しては、進む。止まらねえスゴロクだったらしい。しかもだ。『青いハンマー』は誰かに雇われた話もなければ、たかだか数万円以外、何かを奪ったこともない。ただただ通り道に死体の山を築き上げたのさ」

「その話を聞けば聞くほど、週刊誌の端っこ記事の匂いがしますよ。警察も動いてるはずですよね?」

「ああ、動いたさ。結果わかったのは関わらない方が良いって事だけだ。誰にとってもな。誰もアイツの正体をつかめなかった」

「じゃあ何故『青いハンマー』って呼ばれるんです?」

俺にみなまで言わせる気か。腕時計をちらりと見る。まだ今日の始業には時間があった。
「そいつの殺害方法、それに落ちてた証拠の一つがそうだった。アイツは……鈍器で刃物を脳天に食い込ませたり、鈍器で眉間をカチ割ったり、あるいは抱きついて脇ブッ刺したりだとか……完全にハンマーでドカンと一発やったみたいに殺すんだ」
俺は左手の甲をチョップした。ドカンと。昨日見てきたからわかるが、確かに酷い。
「青色成分は?」
「こっちはしょうもねえ。たまたま落ちてた髪の毛一本が青かったのさ。天気のいい日の夜みたいにな」
「でも誰かわからないんですね」
「そういうことだ」

俺はもう一度時計を見る。丁度いい。

「さて。俺とお前は今から仕事に入るんだが、聞いてるよな?」
「聞いてますよ。雇い主候補をシバくんでしょ。しらみつぶしは得意です」

彼はまだ燃やしていない指示書を取り出した。今日は顔も素性も知らないヤツだった。俺は今週の相手は日曜日のうちに覚えているが、今日の阿呆は一番きっかけに苦労した。多分彼も、俺が覚えられなかったのと同じ理由で指示書を持ち込んでる。バーコードハゲねぇ。それくらいか、特徴は。名前も一切面白みがない。

「お願いしますよ、先輩」
指示書を破り捨てた。仕事が始まる。俺は表の自動ドア、彼は裏の搬入口。3重偽装の身分証明書と消音グロッグがこの時間の相棒だ。ダチには程遠い。

◇◇◇

地下鉄を乗り継ぎ、600円を使って結局工場までたどり着く。緒舟がやみくもに歩いて、ふと顔を見上げればすぐに、凍町工作所。
住宅地と大通りの間位に立っている小さな町の工場だ。外見は一階が作業所、そして二階が事務室。駐車場はトラックが止められるほど広く、また工場に対面して倉庫まである。それなりに、儲かっているようだ。

だがここも、営業は現在止まっている。社長が死んだのだ。

「で、奥さんは何も見てないんですね?」
「ええ、そうなのよ」

どうやら、まだ捜査は終わっていないようだった。警官たちはそこらに散らばってあれやこれやを拾い集めており、部外者が立ち入る隙も無い。

だがここまで来て、引き下がるわけにはいかない。イヤホンを耳に押し込む。

 再生中 
Clozer—Forhill

⏮⏸⏭

よくスマホの音楽を聞き流しながらだと感覚が鈍ると言われる。嘘つけ。彼女は思う。柔軟な思考が必要だと。

通りすがりを装い、侵入ルートを見定める。

駐車スペースと正面のシャッター付近は3人。車は止まっている。奥から、トラック、左手前にパトカー、一番手前にまたパトカー。警官の相互視点から、派手に無力化は不可能。無論規制線が貼られている。殺人事件にしては、多すぎる。

「……仕方ない」

彼女はリュックをしっかりと背負い、同時に後ろをを気にしつつ、コンクリート塀に飛び乗る。ネコか忍者のようにスタタタ、と姿勢を落として動く。落ぬよう、隣の民家の木に触れぬよう。入り口まであと半分のところまで行ったところで、

「おい後ろ……」
「あ……?」

流石に息が詰まった。だが、想定済。

捜査員が振り向いたときには、緒舟はその場にいなかった。飛び降りて、パトカーの影に隠れたのだ。

この1分はしゃがみっぱなしだ。VAPEを吸いたかったがやめておいた。そのかわり脈拍を測る。遅くなく、早くもない。

「気のせいか?女の子が塀に乗ってたはずなんだが」
「過労だろ?」
「ふーむ?」

しっかりと姿を捉えられるまでに、果たしてどこまで進めるか。それはジーンズの強靭力次第だった。不格好な匍匐体制に入る。足音は、10フィートも先に無い。

◇◇◇

「どうなってやがるこのクソホテルッ!」
非常階段から駆け上がってきたはずの網丸……つまり名前すら呼びたくなかった「彼」は鉄パイプで殴られナイフで刺されズタボロだ。だがおれと同じく、立っている。立って、銃弾の嵐を受けている。エレベーターの戸が開いた瞬間のことだった。部屋番号1101〜1125の扉が一気に開いたのだ。

BALM!BALM!BALM!BALM!

ヘタクソが。顔面ギリギリ30cmを掠めてきやがる。壁にボコボコ穴が開き、照明でさえ、破裂した。ほんとにヘタクソだった。

「銃ってのはこう撃つんだよ!」
おれは叫ぶ。グロッグを抜いてドアを盾にして狙う護衛役の頭をねらう。撃つ。
ぴしゃん、と音がして、血が一気にぶっ飛んだ。

「まずは一人だ網丸ッ! そっちはどうだ?」
「ブリキのドアに守られてるんでさあ、動けん!」
「銃を使いやがれ!」
まだ連中は懲りずに俺と網丸を狙う。撃っては隠れ、撃っては隠れる。
「下の階で使い切った!」

アモ、アウト。クソったれ。ヘタクソを殺すのは楽勝だ。ワイルドガンマンと同じ要領で殺ればいい。ファイアの掛け声で打ち抜いてやれ。バッドガイを見抜くのはホーガンズアレイで教わった。コンマ数秒の反射神経、反射神経。
だが相方を助けるのはそうもいかない。16ビットな世界になる。考えることが多すぎる。いかに火線をかいくぐり、彼の元までたどり着くべきか?

◇◇◇

控えめに言ってザル警備だった。彼女は見つかることなく社長室へとまんまとたどり着く。名前も知らない機械の影を、ゆっくり歩けばすぐだった。入り口以外に固めないとは。いや、そういう場所ではないのであるが。

「さて、と」

物色を始める。社長室と言ってもメガコーポのようなマンションの一室みたいにゴテゴテとした部屋ではなく、6畳程度の小さくまとまった一室だ。壁の上には賞状や毛筆書きの社訓が掲げられ、そしてデスクに応接テーブル、次いで金庫という次第。

ここ近年、八区都市においては『治安が良い』ことを誇りにしている状況から、変死体現場の保全はずさんである。死体はすでに搬出されているうえに、ざっと探してわかったが、目ぼしい証拠品まで取り出された始末。

「これは陰謀なんだ。陰謀……」

とりあえず賞状を一つづつ下ろす。『工業コンペティション・市長賞』『安全職場賞』『夢を見る』……4つ目の『模範品質賞』を下したところで、ひらり、と封筒が落ちるのを見つけた。

「あ……」

もちろん拾い、中身を見る。

「領収書……?」

本当に拍子抜けした。全く面白みのない領収書であった。ただし、その金額を除いては。

「一、十、万……3000万?……桁間違えてない?」

宛名はこの部屋の持ち主の名前。そして発行者は、『東方興業清掃部門』。掃除屋に3000万も支払う必要があるのか。緒舟は疑問に思う。最初に考えられることは賄賂であろう。企業買収による隷属を選ぶよりかは多額のカネを払って見逃してもらう人間は多い。次に考えられることはただのでたらめだ。

とりあえずリュックに収納する。頭を使うのはあとでいい。

「……楽しくなってきた」

ここからは窃盗以上の罪になる。器物損壊だ。だいたい、人殺しには盗聴が付いて回る。だから彼女はコンセントを引っぺがす。トンカチでがつん、がつんと壁を叩いて、くぎ抜き部分でべりりと剥がした。

「やっぱり……? あれっ……?」

◇◇◇

俺は後ろから、怪物が臭い息を吹っ掛けるイメージでバーコードハゲに言ってやる。

「青いハンマーを雇ったのはお前か?」

このバーコードハゲはがったがったと震えてやがる。無理もない。俺と相棒が取り巻き全員撃ち殺し、なんとか椅子に縛ってやったからだ。網丸を助けるのは直ぐだった。つい最近見たアクション映画を思い出して、それをそのまま実行した。ネコみたいにジャンプして、着地したら滑って撃ちまくるんだ。嘘くせえ? 自分もそう思うよ。だができちまったんだから仕方ない。

「……俺は知らない」
一発顔面をぶん殴る。
「今すぐ撃ち殺してやってもいいんだ。俺と相棒で、楽しいゲームの材料にしてもいい」
「え、ええッ……?」
網丸は何も言わず、ニタニタ笑っていた。実際問題、適切な量の暴力と銃弾を流し込むのは彼の方が優れてる。
「ロシアンルーレットって知ってるよな。でだ——」
俺はポケットから銃弾を数発と、カードリッジを取り出す。湿気った弾と普段使う弾が適当にある。
「——オートマチックでこれをやる。ああ。お前の返事自体で一発づつ撃っていこう。最後の一発が外れなら、見逃してやるって言うんだ」
網丸に一式を渡す。楽しそうに装填する。

「あ、青いハンマーなんて知らないんだよ。許してくれ」

「許す許さないの問題じゃあないんだぜ。殺す殺さないの問題なんだ。いいか。今おれたちは情がない。理由はここでお前を撃ち殺せば、楽に仕事が片付くからな。だがお前は怖いとかチビりそーとか、いろんな感情を持ってる訳だろ? 楽しくやろうぜ?」

「先輩、装填が終わりました」
「ご苦労」
俺はまず、ハゲが両目で銃口を見えるように構えた。いい友を2つも持ったぜ。
「——じゃあ最初の質問だ。『青いハンマーがらみの事件の理由はなんだ?』」
「だから知らな——」
**
PIS!**

「外れだな。次。俺たちはお前を知ってる。どの組織の奴かもソラで言えるよ。だが公的な身分があるようだがね。で、だいたい一月のアガリは3千万。自転車操業な会社でネジを売ってるだけじゃ、こうもいかないよな? ……ヤクと汚い金融業だァ? しけた仕事をしやがって。そんなことはどうでもいい。俺らにとっては関係ねえ。だがな。前に殺された女がいたな。質問2だ。『それを俺らと睨んでやったことなのか?』」

「……ああ、彼女か。ミドリだな。確かに死んだし殺された。だが断じて……俺は報復のために人を雇わん」

PIS!

「運がいい。次は分からんぞ。三個目だ。『なぜ襲撃を知っていた』」
「俺は青いハンマーが来ると聞いていた」
「ああ? マシな答えだから撃たないでやる。もっと聞かせろ」
「奴が狙っているのは何もここ一帯の暗黒街じゃあないんだぞッ!? それを知らないのか?」
「生憎だが、『企業C作戦』は俺たちの管轄でね」
「C作戦でもV作戦でもどうでもいい。アイツが狙うって噂なのは、自分以外の暗殺者だぞ?」

舌打ちをする。業務独占か。

「じゃあさっき殺した雑魚どもは、青いハンマーが銃を使わないッて噂で雇った連中か?」
「そんなんじゃ止まらん。アイツの噂を一つでも聞いていれば、頭数なぞ足しにもならない」
「じゃあなんだ」
「探す予定だったんだよ」

呆れる。カウンターカウンターアサシンとか徳川埋蔵金捜索隊とか、なんでこう人は無駄な組織に惹かれやがる?

「俺たちがだ。数ヶ月かけて調べた情報で、唯一分かったのが『女である』って事と『人殺し』って事だけなんだぜ? やれやれ、四番目の質問だ。こんどもまともに答えやがれよ。『彼女について、どこまで知ってる』

「奴はこの街にいる。この街にいて、俺たちを脅かしている。そして……」

BALM!

脳味噌が俺にかかる。つまり撃ったのは俺じゃなく網丸。

「気がはええよ」
「どーせ次の一発で死ぬんだ。つまらない答えだったから撃った」
「ご苦労」
「帰りましょ」
「言われなくてもそうするさ」
沢山の死体を後にして、血の海の陸地を歩いてく。「……もしもし、俺だ。速乾ドライと仏式を頼む」
掃除と葬儀は専門家に任せる。

◇◇◇

緒舟は地下鉄の中で、コンセントの中から見つけた電子部品とタイマーを弄んだ。それはデジタル時計であり、今は液晶表示が止まっているが、あの場ではちゃんと『2:43:23:22』から刻々とカウント・アップをしていたのだった。たしか彼女がぶっ壊した時には『2:43:25:10』になっていたはず。数字の意味は分からないが、右の二つは分と秒数の事だろう。左の数字はよくわからない。

「——NEXT STOP、『XXXXX』、『XXXXX』——」

「降りよう」

結局のところ、派手な進展まるでなし。

朝歩いた道をもう一度辿り、白いアパートへと向かう。アスファルトはすでに乾いていて、蛍光灯で照らされていた。

右に折れ、また左に折れ、右に折れる。玄関の前に。ピアノはやっぱりぽろんぽろんと。耳を澄ませるまでもなく、かき鳴らされていた。

「……あっ」

◇◇◇

家の前だ。今日の無料騒音コンサートにおける音楽ジャンルはなんだとか考えてたら、居候と鉢合わせるってどういうことだ。

「……よお。いままで出かけてたのか?」
「うん。仕事、してたから」

そういえば昨日の晩、自分は探偵であるとか言ってたっけ。しかし家がない状態とかになるほど、探偵業ってのは実入りが少ないのだろうか。それともこいつが効率のいい稼ぎ方を知らないだけなのだろうか。
俺は後者だと思うけど。

「……俺も仕事帰りなんだ」
「おつかれ」
「ああ。疲れた。そっちはどうだ」
「疲れた。……とくになにも、進んでないから」
「俺も同じさ」

マジメに緩すぎる状況に笑ったのは今日が初めてだろうし、おそらくこれからも無いだろう。死ぬ時以外で安らかな顔をする気はなかったが、なっちまったもんは仕方ない。

それに、たまにはこうやって迎える休日もいいだろ。

【続く】

コインいっこいれる