見出し画像

ゴスロリ重兵は革命の歌を聞かない:EPISODE FINAL

これまでのあらすじ:安和市革命。日本のとあるディストピアシティをひっくり返す武力抗争だ。そこへ傭兵として、体制側に参戦したゴスロリ重兵こと弁天は、気まぐれで市長が持つと言われる3億円以上のカネの為、レジスタンスに寝返る事となる。そしていよいよ、革命最後の戦いだ。レジスタンスリーダー、キャロルと共に挑む、旧年の終わりと共に始まり、数分のうちに都市機能を完全にマヒせしめた戦いの果てが、今まさに訪れようとしていた……!

どれくらいの時間が経ったのだろう。「長い……アー、暇だ」エレベーターのカゴに揺られ、弁天は秒数を数えた。他にも数をイロイロ数えた。何人今まで殺したのか? そんな事はどうでも良い。あと一人、悪くて数人殺せば済む話だ。あれほど長かった戦いも、これで終わる。それでこのまま生き残れれば、また明日が来る。「最上階……Top floor.」「おりるよッと……」

つかつかと弁天が廊下へと歩き出す。真っ黒いふんわりスカートに付着した血痕が、ゆらりゆらりと尾を引く。血まみれのゴスロリ兵士は下を見なかった。右も左も見なかった。最早今、宝物庫や秘密の部屋に興味はない。ただ目の前の大きな両開きのドアへと歩くのだ。「昔……っても——」腰に付けた、コルクでキツく蓋されているメスシリンダーを弄る。どこか血液じみた青黒い液体が揺れる。「——こうなる前なんだけど……アイツが言ってた……死体は死体を呼ぶってね……馬鹿げてるや」

『市長室』。ベンテンは両脇に抱えた二丁のアサルトライフルをいつでも撃てるようにした。三秒数える。バレンタイン前のチョコレートみたいな装飾がされた両開きの扉へと一気に飛び込む!
「死にやがれーーーーッ!!! キャロル、伏せてろォッ!」
間髪入れず高級オフィスチェアや窓ガラス、もちろん木製テーブルと、しまいに壁という壁に穴が空き、A4書類と書籍類、おまけに日本国旗とクロスしている十字にマルの安和市章旗が吹き飛んだ。

バラバラと薬莢が滑り落ちる。ルーティンとなった弾倉交換。傘のカモフラージュは付けていない。黒々とした改造済み89式小銃が硝煙を吐き出すのみ。
「……手ごたえがねえ……」
「だろうな」
弁天は後ろを振り返ろうとしたが、できなかった。首元に腕が絡みついていたのだ。
「お、お前ッ……お前なのか?」
「裏切りと危機は諜報戦の華って言うだろ? ここまでお前が屍の山を築いた事……素直にビックリしてるぜ」
血管を押しつぶさんばかりの腕力。もちろん左の頭には、固い物が触れていた。銃口の大きさは普段使っているから分かる。これはベンテン自身のピストルを突き付けられていたのだ。つまり数分前に渡したものだ。知っている人間に渡したのだ。
「……びっくりしたか?」
「三億円がお流れになった事だけね。えーと? これからはなんて呼べばいい? 『微笑みマッチョ』? それとも『ソドムのユダ』? あるいは単に『クソキャロル』?」
「どれも断る。俺は単にキャロルでいいって言っただろ」

【FINAL:NO REMOSE】

「さあ命乞いをしろ、ベンテン」「断る」「俺が指をだ。少し動かせば、そのキラキラした、ピンクだか銀だか青だかが混線してる喧しい髪の毛を弾き飛ばしてその奥にぎっしり詰め込まれた脳味噌が床の染みに変わっちまうんだぜ。お前のションベンよりかは奇麗な色するだろうな」「理由は?」「理由? そんなもんにアンタ拘るのか?」
キャロルは銃口を頭蓋骨へめり込ませるイメージを持って押し付けた。弁天は冷静に返す。

「話は掘り下げるに限るからね」「等しく価値がないだろそんなもの」「ボクにとってはあるのさ」さらに首を絞める。常人なら喋るのもままならないほどだ。一瞬ベンテンは苦痛で顔を歪める。「なあ傭兵ッ! 理知的でうれしいね! このまま口を閉じて、お前のバカみたいな活動を終えれば、もっと他人に優しいと思うぜ!」「おいッ…………ボクと一度は……」「うるせえ。そもそも、どうして3億貰えると思ったんだよ」「ボクと一度は仕事したらわかるだろ……」

ベンテンは背筋の力だけで首に絡み付いたキャロルにカウンターを掛ける! フリルが逆立つ程の勢いだ! キャロルはなすすべなく地面に衝突!
「キミが裏切ろうがどうしようが、仕事は終える。市長はどこだ」
「そんなもの、最初からいないさ」
弁天は肩をすくめた。「カネは?」
「あったとしても、使えんよ」
「偽札か」
「そんなところだ。この辺りでだけ三億の価値がある」

ベンテンは再び銃を構える。だが起き上がりざまにキャロルの撃った弾丸が手の甲に命中した! 右、左、両方だ!
「ッ痛ェ!」
思わず両手に握るライフルを落とす! 三発目の銃弾が手からそのままスライドして自分のこめかみを狙っていると察した瞬間、仕掛けスカートのスモークグレネード、最後の一発を発射して回避するも、今この怪我では正確に脳天を打ち抜くことはできない。

考えろ。自分は山ほど死体を作ってきた。十五の時から。この状況でどうするのか。この時ばかりは自分の思考の歯車が、モザイク状になっていて噛み合わないことを呪う。
「其の場凌ぎにしかならないね……」

「ッ……どこまでも足掻くじゃねえか! これじゃあ誰も勝てねえはずだぜ!」
「人間はいつか死ぬ。でもまだボクの番じゃないからね!」
「上等だ!」

声の位置から、お互いは近くにいる。そんなことはわかる。だがやはり完全に不利だ。相手は引き金を引けば自分を殺せる。見かけ次第、撃てばいい。
(どうしよね、あのクソ野郎……)
この時ベンテンは、古い格言を友達から山ほど聞いておくべきだと後悔した。だが。
(たった三文字でケリつけろ……お前の言葉だよな? 緒舟?)
クソみたいな話だけなら無限に思い出せる。
(やるしかねえ……やるしか)
ベンテンは煙の向こう側を想像する。

「……おい? 逃げたわけじゃあないよな?」
スモークグレードが爆発して20秒経過しても、ベンテンは煙から出てこない。キャロルはすでに煙の外にいるのにだ。そろそろ晴れてもおかしくはない。

30秒経過。まだベンテンは現れない。
本当に逃げたのだろうか?
(三億のあるとかいう金庫を見に行きやがったのか? させねえ!させねえぞ!)

BALM!BALM!BALM!BLAM!BALM!

キャロルは弾を撃ちまくる。撃って撃って、撃ちまくる。ほとんど反射神経の速度で動いたのだ。廊下の側を狙って、頭の高さに持って撃つ! この弾幕はもし逃げていて当たった場合、絶命するのは不可避だ。たいていの場合断末魔の叫びなんて存在しない。
「脳みそぶちまけやがれーーーッ!」

40秒。だんだんと白い煙が薄もやに変わり始める。
結局ベンテンは出てこない。
「……殺したか?」
キャロルは確固たる自信があった。たしかにベンテンは、戦士として特上の人間である。正体の不明瞭さ、無慈悲さ。何をとっても敵わない。だが「頭の良さ」だけは、キャロルは勝てる自信があった。組織論を引用するなら、自分が『有能な怠け者』、ヤツは『無能な怠け者』である。

「……やはりバカは撃ち殺すに限るぜ」
キャロルは銃を下げた。

その時。

「ありがとよ」

キャロルは不意を突かれた。目の前からヌッと現れたのは。
そのぎらつく眼の持ち主は。キラキラした髪色の持ち主とは。

想像するまでもない。ベンテンだった。

「——ボクはバカだ。『なぐる』以外の選択肢が思いつかねえ!」
「なっ……バカなッ!?」

飛び出した瞬間だった。ベンテンは両手に握った銃を、鈍器として振り回す! ベンテンはブラフでも何でもなく、ずっと機会をうかがっていただけだったのだ!

キャロルには判断ミスを後悔する時間がなかった。黒い金属の塊が、男の顔面に迫りゆく! 銃床のメタルパーツは完全にキャロルを捉える!

「うおりゃあああああッ!」
「グエンアッ!?」

べキリと音を立て、顔面にクリーンヒットした! 顔から血を流し、体のバランスを崩した結果キャロルはクルクルと回転し吹っ飛ぶ!

「クソ……はァ……メンテしないとね」

煙が、晴れる。ベンテンは鈍器と化した銃を握りしめたまま、肩で息をする。

まだ2人は絶命に至っていない。

「……そりゃ、生きてるよねー」
「なんで逃げなかった?」
「戦いをジョークにできない性格だからさ」
ベンテンは銃を置き、握り拳を作る。血が滴る。
「……終わりにしようぜ。このクソ冗談を」
キッと睨む。

しかし。キャロルは。
立ち上がり、銃を構えていた。
今度も正確に、ベンテンの脳天を狙っている。

「……楽しい冗談だろう? 全ては舞台なのさ。昔の人間が考えたことを再演するだけでも、繰り返し繰り返し演じるだけでも、俺たちは理由をもとめるのさ。お前は異質だよ。舞台にパイを投げる狂人め。だが……ピエロも、やりようによってはきっと」
次の言葉は無かった。ベンテンが衣装につけしセラミック十字架。その一撃が首を跳ね飛ばしたのだ。キャロルの首が、ストンと落ちる。
「あの世で能書き垂れてろ」

おそらくこれが、この日ベンテンが作った最後の死体である。

おもむろに歩く。ベンテンは彼の死骸を通り越して、バルコニーの方へと立った。足元には、スピーカーと適当に髭をつけられ、萎んだエアーダッチが転がっていた。もちろん、マイクも。
「……………FUCK」
2つの銃を傘に戻して、背中に背負った。

◇◇◇

結局、ボクの年越しってひどい有様だった。結局何を学んだかって? 雑魚にしろ大将にしろ、命の価値は弾丸と等しいってこと。エレベーターに乗り直したあと、考えがようやくまとまった。……だから、この戦いはこれでおしまい。
妙にすっきりしなかった。人間を殺して爽快になる? まあそれが足りないってもある。だけど、やりきったぞーってところに破壊と戦闘のスリルってあるんだよ。そいつが決定的に足りなかった。
逆に達成感さえありゃ、戦ってた理由がなくたってでもいいじゃないか。元々報酬が目的だったわけで、でも依頼人は全員裏切ったわけで、だからどうなるかって言ったら個人的に抹殺するって方向にシフトするわけ。
目的と手段がごっちゃになってるかもしれないけどボクにとってはいつものことだから知らない。それに、無事こうして、生き残ったんだし。
あの時はマジで死んじゃう気がした。長話は嫌いだからね。

で、ボクは気になった。外周で戦ってた人たち。キャロルはレジスタンス部隊隊長だったわけなんだけど、彼は死んだ上にクスリでもキメてたのかひでえ能書き垂れて裏切った上に、なんの連絡もしなかった。
だから、真っ暗で寒い中、ボクは数時間前に生まれた廃墟に立ち寄る。山みたいにドミノ倒しになったビルをクライミングして、連絡手やってるリョータに声をかけた。

「やっほー」
「あ、ベンテンさん!あけましておめでとうございます」
「ずいぶん遅い挨拶じゃね?」
「もうすぐ夜明けなんですよ」

ボクは考える。まあ夜明けだわね。街的にも、時間的にも。

「でさ。キミら、このあとどうするの?」
「僕たちによる街を作るんです」
「じゃ、武装集団は解散すべきだね」
「え?」
「面倒だからさ。まーたボクを呼ばれても困る」
「そんな。平和にするに決まってるじゃないですか」
「あっそ。それでさ。気になってだことがあるんだけど」

ボクは最初、この街に来た時の秘密会議を思い出す。市長はどこだ。気がかりなのはそれくらい。地面にナイフを使って似顔絵を描く。

「……この人、アレじゃないですか。役者の」
「役者?」
「ええ。役者ですよ。この街で一番人気の役者です」
「……今や総理はスーパースター……虚像の世界、ね」
「どういうことです?」
「古い歌さ」
「俺も……歌いたいです」
「やめといて」
「どうして」
傘をさした。黒い傘の方。日傘だ。
「日が明けるから。こういう時は静かにするんだ」

太陽はギラギラと燃えやがる。朝焼けだ。たまにはこういう夜更かしもいいと思うよ。
「……また、会えますよね?」
「いや。二度と会いたくない」
「初日の出には……相応しくない言葉じゃないですか?」
「まあいずれわかるよ。いずれ」

ボクはぴょい、と彼の居る階を降りる。
とっとと帰ろう。長え正月だった。正月は家に帰るって決まってる。やっぱり高尚な戦いとか全然向いてなくて、やりたいときにやるってのが自分のスタイルって理解しただけでも心の中でプチ革命。

エピローグ

「あー。もしもし」
山奥のセーフハウスにて。ちゃんとケータイ電波は通る。

「んあーっ? ベンテン? ベンテンちゃんじゃあん!」

電話の相手は第一印象は透き通っているが、その声の奥は酒で焼けていた。
缶を開ける音。何本目だとベンテンは考える。

「——海夏、あんたに頼まれてた仕事は終わった。安和市の革命を止めろだっけ? 止まったよ」
「皆殺しにしたんでしょー?」
「両方の陣営を? 違う。 勝手に終わったよ」
「……まあ予想とは違うけども……お疲れ様」
「予想って?」
「え、ベンちゃんニュースみてないの?」
「ボクがテレビを見るのは、タモリ倶楽部の再放送日だけって決めてるからね」
「まーだハガキ職人やってるの? 懲りないね。じゃあさ、長話は面倒だろうし、簡潔に言うとするよ。あの街、もうすぐ滅びる」
「はァ?」
「だから、滅びるんだって」
「意味が解らない。ボクにわかるよう言って貰える?」
「うん。かいつまんで説明するとね、ベンちゃんがまず『レジスタンス側に花を持たせた』。だけど『両方の指導者を殺した』。というかそもそも指導者はいなかったんだ。あの街の構造を、暴いたわけ。無限に続く闘争と抵抗、抑圧。その3つを循環させてあの街は成り立ってた。でも、もうその体制は潰れたんだ。つまり何が起きるかは簡単にわかるよね」

「……内乱か」

「ま、そういうこと」

「ったく、どこ行ってもバカばっかりかよ。……結果については関与しないのがボクのスタンスだ。アナーキータウンよ永遠にってヤツだ」

「じゃあいつもの口座に振り込んどくから。あと、最新の異名って聞いた?」

「知らねえよ」

「『反骨の黒き魔女』だって。カッコいいじゃん?」

「ボクは何もしてないんだけど? 革命にすら参加した記憶ないぞ。傍から見たら参加してたんだろうけど。個人的に思うところはあるし。ただ、金のためにテキトーに動いただけだ」

「魔女かどうかも怪しいしね。じゃ、口座チェックよろ」

「ああ。その前に」

「何?」

「ボク以外の2人だよ。その、友達っつーかさ」

「……剣姫と舟のことね。重要命題じゃん」

「そう。……再起するまでどれくらいかかる」

ベンテンは思い返す。相棒たる剣姫は少し前の仕事で文字通り人間くるみ割り人形とされて再起不能。精神だけを「飛ばして」呼び出す状態だ。そして宿敵にして友人は次元の狭間に閉じ込められ、今あるのはほぼ真っ黒な青の液体状の『淀み』だけ。高次元にいる人間をむりやり三次元に固定しているから当たり前だ。

「……次の仕事だ。次の仕事で、2人とも呼び戻す。同時に呼び戻す」

「アテがあるのか?」

「今回の仕事の副産物ね。連中の拠点が新八区に移動したのを確認した。『医者』といい『魔法使い』といい、丸ごとね」

「連中? 医者? だから専門用語ばっかり使わないで言えよ」

「まあ、戦えばわかる。ひでえから。アンタこそ見ず知らずの人間とか無関係の人に情熱燃やしてるじゃん」

「結局戦うの? まあいいけど。友人には優しいからね。というわけでボクの質問にこたえてだな……」

電話は切られた。どこまでも底が知れない女だった。

ベンテンは口笛を吹く。他人の歌は嫌いだが、自分の為ならいくらでも吹く。

次の戦いはもっとマシになるだろう。

……誰かのために戦うのも悪くない。そう思うと、あの街で過ごした血と火薬の年越しの意味も自分でつけられる。

反骨の黒き魔女、か。いいだろう。世界の大枠に挑んでやるよ。ただただもう一度ダチに会いたい一心をぶつけてやるよ。

自分に魔法は使えない。できることは、銃弾飛ばして穴をあける。あるいは刃物で抉って首をはねる。

「退廃的も、ゴスの生き方さ」

壁にかけてある写真を手に取り、埃をぬぐった。あまりにも長い時間、無視していた記憶を、今から呼び戻す。

【なごやかWITCHジャンクション決壊へ続く】

コインいっこいれる