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嘘日記002:働き蜂のキャリア相談

小説を書くための筋力(概念)をつけるために、
毎日架空の日記を書くことにしています。基本的に架空です。

わたしの仕事はもっぱら、人の話を聞くことである。
別にカウンセラーとか、そういう専門的な仕事ではない。人と話して、話を聞いて、その人自身が自分が何を考えているのかを整理するお手伝いをしている。
正直、この仕事を名前で表すと何になるのかは、自分でもよくわかっていない。
とはいえ、ありがたいことでこれを中心にお給料をいただけているし、感謝してもらえることも間々あるので不満はない。
むしろ人から話を聞いているうちに小説に使えそうなネタも思いつけるので、趣味と実益を兼ねた良い仕事だと言える。
そういえば、今日は珍しい人……人?から話を聞いた。
たまたま公園で出会った働き蜂だ。

最初はどこから話しかけれているのかわからず困惑したが、目の前をブンブン飛び回られてやっと声の主に気が付いた。
虫嫌いなのでもう少し距離を取ってほしいとお願いすると、ハチはさっと身を引いてその場で小さく旋回しながら話し始めた。
いわく、驚かせて申し訳ないこと、この声は羽音を調整して発していること、先ほどまでわたしが誰かの話し相手になっているのが偶然耳に入ったこと、そして自分の話も聞いてもらいたいということ。
わたしといえば、羽音が人の声に聞こえるなんてあり得るのだろうかとか、誰もいないと思って会社の人のプライベートに突っ込んだ話しちゃったのまずかったなとか、ハチってどうやって音を聞いてるんだろうとかいろいろ考えることはあったわけだけど、とりあえず面白い話が聞けそうだと思って了承した。
ワア!と大きく縦旋回して喜びを表したらしいハチがいうことには、
生まれてこの方働きハチとしてキャリアを築いてきたわけだが、最近ふと振り返ると自分のこれまでの人生(蜂生?)はなんだったのかとむなしくなることがある、ということらしい。
「毎日毎日家と職場の往復どころか、家が職場なので気が休まらないわけですよ」
「在宅仕事の悩みに近い」
「しかもオスは全然働かないんで、こっちにしわ寄せがくるわけですよ!なのに後継ぎ以外はたいして大事にしてもらえないんです!親族経営ってこれだから!!」
「親族経営」
「全員身内ですから!」
ははあ、なるほど、ハチの世界もなかなかいろいろあるわけだ。家業が親族経営の中小企業でしかも事務所と実家が兼用、仕事は毎日外回り、怠け者の分までまじめに働いても評価はされず、後継ぎはすでにもう決まってる……。人間の世界だったら、本人が不満に思ってなくても転職をお勧めするレベルだ。
そう思案している間にもハチはヒートアップしているのか、声が大きくなりわずかに羽音が混じり始める。
羽音が苦手なので落ち着いてほしい旨伝えると、ハチは地面に近い高さに移動して旋回した。そしてそのまま、消え入りそうな声でつぶやく。
「わたし、このままだと、自分が何のために生きているかわからないまま死んでしまう気がするんです」
低空旋回ってどういう意味合いなのだろうと考えていたわたしだが、その真摯なつぶやきには思わず引き戻された。
この問いは人間にとっての普遍的なテーマなので、仕事中に投げかけられたこともあるし、もちろんわたし自身もたびたび思いをはせている。しかし、問いの普遍さに反して普遍的な答えはない。この問いを持ったものは、それぞれ自分だけの答えを見つけなければならないのだ。
そしてそれはきっと、ハチだとしても例外ではないだろう。
これはきちんと向き合わねばなるまいぞと、興味先行で話を聞いていた今までの自分を省みて、ハチに問いかける。
「何かやってみたいことはないですか?」
「やってみたいことですか?」
「うん、憧れているものとか野望とか」
「憧れているものかあ」
問われたハチはわたしの目線にまで飛び上がり、そのまま斜めにした八の字の形で旋回を始める。
「海外に行ってみたいかなあ」
意外な答えが返ってきた。このあたりが比較的海に近い立地とはいえ、まさかハチの口(口?)から海外という言葉が出てこようとは。今までの話から、実家を出たい当たりの発言が出るだろうと予想していたのでスケールの大きさに面食らう。
「海外ですか」
「はい。この前この近くで会ったアリの方が海外出身らしくて」
「海外出身のアリ」
何やら物騒な気配を感じるが、いや、ここは彼女の話を優先しよう。大丈夫、今日はサンダルで出てきていない。ヒアリに遭遇しても大丈夫。たぶん。
「海外ってここより広くて、見たこともないものがたくさんあるらしいんですよ。全然イメージが付かないんだけれど、それがまた面白くて。いつかこの目で見てみたいなあ」
うっとりとした声色でそう語るハチ。先ほどの消え入りそうな声に比べて、ずいぶんと生気を感じる。憧れを持つことの大切さは、人もハチもそう変わらないのかもしれない、そんなことを考えた。
「好奇心が旺盛なんですね」
「そうなんです、昔から初めての場所に行くのが好きで。ワクワクするんですよ」
「そういうのが怖いという人もいるので、それはきっとあなたの特性とか個性なんだと思いますよ。最近新しい場所に行かれたりはしていますか?」
そう尋ねると、ビタリとハチの動きが止まった。止まったというか、ホバリングしているというか。あれ、ハチってホバリングできるんだったか?
動きの意図も原理もよくわからず困惑していると、突如「そうなんです!!」とハチが叫びながら急旋回を始めた。
「最近、ミツや花粉を集めに行く先も同じところの担当が続いていてマンネリしてたんです!」
なるほどなるほど、先ほどの動きは虚をつかれた驚きだったのか。ハチがホバリングできるのかはついぞ思い出せなかったけれど、動きの意図は理解できた。それと同時に、彼女が自分の人生を充実させるためのヒントを自分自身でつかんだことも伺えた。
「他のハチに、たまに担当場所を交換してもらうように交渉してみます!それなら海外に行かなくても、少しは毎日楽しくなりそう!」
ブンブンブンと興奮したように急旋回を繰り返す彼女の声は羽音交じりになっていたが、今度は嫌な気分がしなかった。
人の話を聞いているうちに、こうやって本人の中に答えが見つかるときがある。わたしは割と、この瞬間が好きなのだ。
満足感をかみしめていると、ああもう帰らなきゃとハチがつぶやいた。言われてみれば結構長いこと話し込んでいたらしい。来た時より日が落ちてきていて、寒気も強くなってきた。
じゃあここいらで解散しますかと声をかけると、上下に大きく縦旋回をしながらハチが声を弾ませた。
「いろいろ聞いてもらってありがとうございました」
「いやあ、こちらこそ興味深い話が聞けて楽しかったです」
お元気で~と声をかけると、ありがとうございますーと今度は横に反復運動しながらハチは飛び去って行った。
その後ろ姿(後ろ姿?)を見送ってから(といっても、小さすぎてすぐに見失ったのだが)、あの上下運動はお辞儀、最後の反復運動は手を振る動きの代わりだったのではと気が付いた。
こんなふうに知らないことに出会えるので、やっぱり人から話を聞くというのはなかなか悪くない仕事だな、と一人頷いて、わたしも家路につくことにした。

ところで、羽音が人の声に聞こえるなんてことは本当にあり得るのだろうか。

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