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あの日、あの街で、彼女は。〜大森駅〜

大森駅に行くときは、決まって直帰だった。

夕方過ぎにならないと、会社に戻らないお客さん。アポはほとんど17時から、たまに18時半から始まる。一応、彼女の定時は18時半までなんだけどね。

品川駅で山手線から京浜東北線に乗り換える。横浜方面に向かって2駅乗ると大森駅。品川駅まで来たのにリスケになることもしばしば。「ごめんなさい、今日は会社に戻れません」そっけないLINEの通知に、なんとも言えない気持ちになる。

大森駅の北口改札を出ると、左手にマクドナルドがある。駅構内だし、コンセントもあるし、大森駅での作業タイムは97%くらいマック。残りの3%は、タリーズとガスト。

全国どこでも同じ味が食べられるチェーン店に安心感を覚える。マックもそのひとつ。いつ食べても同じ美味しさ。ありがたい。

大森駅のマックは、悔しい、嬉しい、しんどい、早く帰りたい、いろんな感情が詰まった場所。

店内でパソコンを広げ、お客さんに提案メールを送る。すぐに折り返しの電話が鳴って、慌てて外に出る。「この内容でお任せします、期待していますよ」の言葉に、安堵の声で応える。何度も練り直した再提案、再々提案だったかもしれない。

終電間際まで、上司と提案内容の打ち合わせをしていたのも、このマックだった。この日ばかりはコンセントがあることを恨んだ。

終電ギリギリまで作業したのは、マックのほかにもうひとつ、ガスト。忘れもしない、クリスマスの夜。しかも華金。マックではなくガストを選んだのは、クリスマスらしい夕飯を食べたかった彼女の足掻きかもしれない。家に帰ってもひとりだけど、それでも帰りたかった。

大森駅と言えば「夜」の記憶だった彼女、先輩から引き継ぎのために訪問をしたその日だけ、実は午前中だった。初めて降り立った日、先輩に導かれて道を曲がった先に、満開の桜並木と出会った。

それから何年も大森駅に通ったのに、青空に映える桜を見上げる日はなかった。いつしか「品川」という文字のモニュメントもできていた。

夜が更ける頃、マックポテトを食べた指先を拭く彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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