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あの日、あの街で、彼女は。〜浅草橋駅〜
「ホップ・ステップ・ジャンプのジャンプする前のタイミングなんだよ」
浅草橋駅は、浅草駅とは別物で上京したての彼女を惑わす。隅田川に沿って、都営浅草線が浅草橋→蔵前→浅草と南から北に走っている。都心部から浅草橋駅に向かうときは、千葉方面に向かう総武線の各駅停車にしばらく揺られる。
退職する先輩からの引継ぎ訪問で初めて降り立った。2年目になったばかりで、「新卒」の肩書きを失い怯えている頃。3月31日から4月1日にたった1日、日を跨いだだけで新卒よりパワーアップしてるはずがない。膨大な引継ぎリストのひとつに、その企業があった。
正直、初めて降り立ったときの「街そのもの」に対する印象がほとんどない。風情を感じる心の余裕がなかった。きょろきょろ見渡して脳内のひとりごとに耳を傾けるなんて。
無事に引継ぎ訪問が終わり、浅草橋駅に戻っているとき、冒頭に書いた言葉をふと先輩が口にした。「ホップ・ステップ・ジャンプのジャンプする前のタイミングなんだよ」「ジャンプしたくても、1回きちんとしゃがまないと高くジャンプできないでしょ」低迷期の入り口に立つ彼女を励ますように。先輩と同行した最初で最後の日に、背中を押してもらった。
2回目の上陸は、太陽がジリジリと照りつける夏の日、飛び込みデーだった。引継ぎ後、アポをもらえない状況が続いていた。事前にリストアップした企業を効率よく回る。かさばる資料を詰め込んだバッグが少し軽くなってきた、何社回った後だっただろうか。
軽くなったバッグと引き換えに、コンビニでポカリスエットを5本買う。当時、夏の飛び込みのお土産にポカリスエットやレッドブルを添える手法が社内で流行っていた。ほんのお気持ちと、印象を残すため。仮に担当者に会えなくても受付の方に、資料と一緒にお渡しすることで、心理的に断りづらくなる狙いもあったのだろう。
その後、定期的に通うようになって、ようやく浅草橋駅の街並みがくっきりと見えるようになった。西口の高架下沿いに建ち並ぶ味のあるラーメン屋さん。いつ訪れても混んでいるメロンパン屋さん。碁盤の目のように続く道が方向音痴の彼女を優しく導く。
"ジャンプで"通り過ぎてしまった、一度もメロンパンを食べなかった彼女を思い出す。
あの日、あの街で、彼女は。
*プロローグ
*マガジン
※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。
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