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あの日、あの街で、彼女は。〜馬喰横山駅〜

営業人生はじまりの地。

ー2017年4月3日(月)入社式
鎖骨にかかる長さの髪を内巻きにして、ハーフアップにする。重ためのぱっつん前髪に何度もヘアアイロンを通す。淡いピンクのシャツと、リクルートスーツに身を包み、満員電車に揺られる。同じような装いの見知らぬ人々を見かけては、仲間がいると心強い気持ちになった。

ありとあらゆる研修が終わったGW明け、ようやく配属先のオフィスに出社した。ひたすらテレアポの日々が始まる。1日100コール以上かけても0アポなんてことはザラで、アポが取れた同期を横目に複雑な感情が渦巻く。焦りと悔しさは、必死で取り繕った笑顔と「おめでとう〜!」の拍手で掻き消す。

「それでは、当日よろしくお願いいたします」受話器を置いて噛み締める。隣で聞いていた同期が真っ先に「アポ取れた!?やったじゃん!」と声をかけてくれる。アポが初めて取れたことも、自分のことのようにお祝いしてくれる同期がいることも、素直に嬉しかった。アポ数0が続いていた日報に、嬉々として1を書き足す。

雲行きが怪しくなるまで時間はかからなかった。与えられたテレアポリストからコールしただけで、決して彼女は悪くないけど、なんと人生初アポは別事業部管轄の顧客だった。つまるところ、社内でバッティングしていた。「新卒の初アポ」という箔がついていなければ、いとも簡単に別事業部に巻き取られていただろう。

有名ファッションブランドの本社は、馬喰横山駅にあった。どう考えても上京2ヵ月目の新卒には難読漢字だ。中央区と聞いても都会っぽいことしか分からないし、都営新宿線にも初めて乗った。

複数ある出口と、碁盤の目のような道に翻弄され、別部署の上司と初対面で臨む初商談。絶対に忘れられない日になったと言いたいところだが、緊張のせいで何もかも吹っ飛んだ。担当者の顔も名前も、初めての名刺交換も、ビルの入り口にあるブランドロゴを見たシーンを最後に記憶がない。

馬喰横山駅には初アポの日以来訪れることがなく、あの日が最初で最後になった。そして、彼女が初めて訪問した会社はもうその街にはない。

思い描いた営業人生は跡形もない、移転後の空っぽが虚しい彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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