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あの日、あの街で、彼女は。〜虎ノ門駅〜

ドタキャン、リスケ、スタバ。

略語を羅列しただけなのに、妙にリズミカルで笑っちゃう。訪問アポのドタキャンとリスケはセットで、そのあとに行き着く先はいつもスタバだった。

東京メトロ銀座線だけが通る虎ノ門駅。渋谷駅から浅草駅まで、銀座駅を経由しながら繋ぐ。虎ノ門駅は山手線の内側、歩いてるうちに次の駅に変わってしまうほどひしめくメトロの駅たち。

担当者が虎ノ門の支店に異動してから、初めての訪問日。念入りに行き方を調べたのに、当日の朝に急遽リスケのショートメッセージが届く。

彼女が新卒の頃からお世話になっている担当者の男性は、話しやすくておもしろくて、いろんな提案も聞き入れてくれる。いい人に違いないのだけれども、職種柄リスケも多いし、社内稟議には時間がかかるし、悪気なく振り回してくる。

一方で、その時期の彼女は、オフィスにいることがとにかく嫌で嫌で。いかにオフィス以外で仕事をするか考える日々。何かと理由をつけて直行や直帰(カフェや家に持ち帰って仕事)を増やし、不自然にならない頻度でリモートデーを設けた。

リスケになったのに、Googleカレンダーの「訪問 株式会社〇〇 虎ノ門」というスケジュールを削除しなかった。そう、訪問があるフリをした。俗に言う「空アポ」である。ただし、彼女の場合はサボり目的ではない。

虎ノ門駅9番出口、狭くて急な階段を足早に上り、地上に出る。事前に調べたお客さん先に向かうための出口だ。大通りの両側にビルの群れがそびえ立つ。細長い長方形に切り取ったかのように見える真っ青な空は、合成と言われても納得してしまうほど。

見上げていた目線を背の高さまで戻す。コンビニ、飲食店、ドラッグストア。ぐるりと一周見渡した先に、見覚えのある緑色、髪の長い女性が丸い看板に映っていた。スタバだ。都心だからスタバがあるのは想像つくけど、駅からこんな近くにあるなんて。迷わず"訪問"場所に認定した。

立地が立地なだけに、パソコンに向き合うサラリーマンと、休憩中のOLたちでほぼ満席だった。2階に上ると、横一列のカウンター席、パーテーションで区切られた横長のテーブル席、横並びのソファと木のイスに挟まれた丸テーブル席。一瞬、オフィスかと錯覚するようなシンプルで整然とした空間が広がっていた。

その後、1年半ほど虎ノ門に通うことになる。お客さんからのドタキャン&リスケは片手に収まるだろうか。気分で選ぶ石窯フィローネ、アイスキャラメルマキアート、2階のソファ席を死守すること。彼女のスタバルーティン(※虎ノ門限定)ができあがっていた。

担当者の顔と住んでる最寄り駅は覚えてるのに名前を忘れてしまった、虎ノ門に仮の居場所を据えた彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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