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あの日、あの街で、彼女は。〜自由が丘駅〜

おしゃれな街に再訪のとき。

「自由が丘」という言葉の響きがすでにおしゃれだと思うのは、彼女が田舎者だからだろうか。上京したての2017年3月末、引越しの荷解きもほどほどに、社会人生活のスタート準備に追われていた。セットアップスーツ、パンプス、バッグ、名刺入れ、腕時計。営業として最低限必要なものを揃えなければならない。

土地勘もなければ、スムーズな乗り換え方法もわからない。どこを見ても人だらけで、東京にいることを改めて実感した。追いかけ続けた憧れの街で、これから生きていくんだとじんわり心に滲むものがあった。

渋谷駅で東急東横線に乗り換えて、自由が丘駅へ向かう。名刺入れを買うためだけに初めて訪れた。新卒が持つ名刺入れにふさわしいブランドがわからず、長く使うものだから本革のちゃんとしたものを買おうと。サイトを見て一目惚れして、限られた店舗の中で自由が丘店を選んだ。

Googleマップとにらめっこしながら、見慣れない街並みを散策する。道に迷った結果の散策。おしゃれなアパレルショップやカフェ、パン屋さんに目移りしながら、住宅街や公園など生活感も感じられて、不思議な感覚だった。

再訪は2年ほど経ったときだろうか。先方からオファーがあって、先輩と一緒に訪問することになった。自由が丘に会社あるんだって、おしゃれな街を反芻させながら思った。

久しぶりの自由が丘は、記憶とはちょっと違った。単純に出口が違っただけなのか、彼女が少し東京に染まったからなのか。駅から出た瞬間、甘い匂いに包まれていたはずなのに。石畳の道路とベンチ、お手入れが行き届いた犬を連れて歩くマダムたち。平日の昼間にぽつんと仕事で訪れるには、とても似合わない街だった。平日と休日の違いがいちばん大きいギャップを生んだのかもしれない。

結局、長く使うことを見越して買った本革の名刺入れは、3年使ったあたりで日の目を浴びなくなった。上司からブランド品の名刺入れをおさがりとして譲ってもらったのだ。

本革の名刺入れも、自由が丘の街や人も、身の丈に合わなかった彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

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