見出し画像

あの日、あの街で、彼女は。~上石神井駅~

懐かしさの正体は、「生活感」。

「カミシャクジイ」初見殺しの駅名だ。読めないし、地図上のどこかも分からないし、初めて駅の名前を聞いたときの戸惑いと言ったら。

新宿と埼玉県の川越(本川越駅)を結ぶ西武新宿線。西武新宿駅は始発かつ終点の駅だけど、JR新宿駅から歩いて乗り換えるには少し遠い。車両から改札口までの緻密な脳内シミュレーションと、人混みを掻き分けて歩く強い意志が必要だ。アップテンポの音楽を聴きながら、9㎝ヒールを履きこなし颯爽と歩いていた、つもり。

西武新宿駅の次の駅、高田馬場駅からの乗り換えがスムーズだと知ったのは、何度訪問した後だろうか。山手線のホームから階段を上り、そのまま西武線の改札を通り抜けられるなんて。

いつも16時〜19時頃に訪れていた、上石神井駅。練馬区の端っこ、いかにもベッドタウンの街並み。ただ、駅直結の商業ビルで賑わうターミナル駅とは少し違う。南口に直結してるスーパーの西友。彼女の地元の長野にもあった。しかも割と近所に。向かい側にはドラッグストアのマツモトキヨシ。

ちょっぴり秋の匂いがかすめる、夕暮れどき。必死に生きる蝉の声が、夏の終わりを告げてくれない。汗が滲んで流れ落ちる前に、キンキンに冷えた西友の店内をぐるっと一周した。冷やした後は、外の生ぬるい空気に身を委ねて、バランスを取る。

ランドセルを背負った女の子と手を繋ぐ若めのお母さん。ゲラゲラ楽しそうに笑い合ってる女子高生3人組。立ち漕ぎで駆け抜ける男子中学生の集団。時空が歪んでるのかと思うほど、ゆっくり一歩ずつ前に進むおじいさんとおばあさん。

人が住んでる、人が帰ってくる街だった。その街に根付く人々が醸しだす独特の「生活感」が忘れられない。

線路に沿って歩きながら、お客さんに折り返しの電話をする。美味しそうな居酒屋を横目に進んでいくと、あっという間に住宅街。部屋に灯りが付き始める。少しずつ日が短くなっていたことに気づく。

訪問が終わって駅前に戻ってきた。すき家、鳥貴族、日高屋の看板が一際目立つ。訪問前とは一変、仕事帰りのサラリーマンで賑わっていた。「パパ、おかえりー!」と叫ぶ元気な声につられて、笑顔がこぼれる。

無性に「おかえり」が欲しくなった、知らない街の生活感に呑まれた彼女を思い出す。

あの日、あの街で、彼女は。


*プロローグ

*マガジン

※基本的には経験上のノンフィクションですが、お客さん情報の身バレを防ぐために一部フィクションにしています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?