かなちゃん

サークルクラッシュ同好会のアドベントカレンダーにかこつけて、懺悔をしたい。


高校2年生の、確か5月だったと思う。私は体育の授業を見学していた。その日はいつも通り体操服を忘れて、制服のまま体育館のベンチに座っていた。隣には「かなちゃん」が居た。

かなちゃんは、私の従姉妹の親友らしい。初めて隣の席になったとき、私と従姉妹のプリクラを偶然見たかなちゃんから聞いた。そういえば小学生のとき、従姉妹から「かなちゃん」の話をされたような気がする。かなちゃんは隣の校区に住んでいて、誰にでも優しくて、頭が良くて、提出物もちゃんと出せる、立派なクラスメイトだ。私にとっては、それ以上でも以下でもなかった。

かなちゃんは足がわるかった。足のどこがどうわるいかは詳しく聞いたことなかったけれど、いつも右足を引き摺るように歩いている。左足よりひと回り大きい右足を一時的な怪我だと勘違いして、「大丈夫?腫れてるけど…」と言ったとき、彼女の顔が若干こわばったのが分かった。肌で理解した。これは聞いてはいけなかったかもしれない。
その後、クラスメイトがこそりと「かなちゃん、義足なんだよ」と教えてくれた。隣の席になるまで、私だけが気付いていなかったらしい。脚を引き摺って歩いていることも、言われるまで気付かなかった。

さて、冒頭に戻る。その日、足の悪いかなちゃんと私は体育の授業を見学していた。懲りない私は、かなちゃんの脚を指さして「ねぇ、これってどんな仕組みなの?」と聞いた。ただ知りたかった。当時の私は今よりずっと無知で、好奇心旺盛で、知らないことは全て知りたがった。……それが良くなかったのだ。かなちゃんの目から大粒の涙がこぼれる。えっ。そんなに、そんなによくなかったのか。なにが。当時のわたしは大慌てで、必死に謝罪の言葉を並べたけれど、そのどれもが大した罪滅ぼしにならない。
「あの、義足の仕組みを知りたくて、本当にごめんね、ごめんなさい」
謝ると、かなちゃんは「これはね、難病で、」とだけ言ってすぐに泣き止み、何も無かったように振る舞った。本当に悪いことをしてしまった、女の子を泣かせるなんて。と、知らなかったんだから仕方ないんじゃないか、という気持ちが同居していた。以前見た彼女の強ばった表情も思い出され、罪悪感に押しつぶされそうだった。
授業が終わるとかなちゃんの取り巻きがやってきて、いつもよりどことなく暗い彼女を何も知らないなりに慰めた。取り巻きのうちのひとりだけが、見透かすようにわたしを睨んでいた。


その後すぐ夏休みが来た。幸いにもコロナ禍の真っ最中だったから、従姉妹には会わないまま三学期が始まった。


現代文の授業で、長期休みの宿題だった作文をコンクールに出すため、クラスで回し読みをした。たまたま、わたしの班にはかなちゃんの作文が回ってきた。内容を簡潔に記すと、こうだ。

「私は先天性の病気で脚が悪いです。どうしても脚を引き摺って歩いてしまうので、道行く人にじろじろ見られることがよくあります。社会の理解が深まって、私のような人が奇異の目で見られることの無い世の中になってほしいです。」

……無理だよ。無理だよかなちゃん。
とは言えなかった。理想論だ。社会の理解が深まればなんとかなる問題では決してない、ないのだけど、それに気付いた人がいるのか知らないが、それは違うよなんて誰も言えなかったし、私も言わなかった。私の班は満場一致でかなちゃんの作文を選んだ。そりゃそうだ。真面目な彼女が書いた文は、大抵の、宿題だから仕方なく書かれたものより明らかに優れていた。題材の重さを抜きにしても。もはや、彼女の作文を選ばないといけない空気すらあった。


そういえば、かなちゃんは運動が得意だった。バレーの授業でも小さく飛んで手を大きく動かし、相手チームからかなりの点を取っていた。普通の人と同じ脚だったら、と何度も何度も思ったんだろう。わたしは知らないだけで、あの脚はずっと痛いのかもしれない。分からない。分からないんだよな。私は彼女のことを何も知らない。知らないくせに余計なことを言うべきでない、聞かないことが正解になるときもある。必死で謝ったけれど、きっと彼女の奥底には私の発言が深く突き刺さったままだろうし、それを責任持って取り除ける手段も、彼女に繋がる連絡先すらも、私は持ちえない。今でもたまに思い出しては後悔に沈んでいる。どうすればよかったんだろうな。


結局、小学校以来一度も従姉妹に会わないまま地元を出た。今は京都に居る。


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