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4桁の数字

「ほら。ね?ちゃんと10になるでしょ?」

ガタゴト揺れる電車の中で、彼女はピースサインをしてニンマリ笑う。高校時代、野球部の遠征に行った帰りのこと。

彼女とわたしは野球部のマネージャーで、その日のプレーについて話しているときに彼女が突然言った。

「ついやっちゃうんだよね、4桁の数字を見ると」

こんな手軽な遊びがあったとは!そうだ、となりのボックス席にいるキャプテンにも教えてあげよう。

「ねぇねぇ、ちょっと切符見せて」
「ん?なんで?」

キャプテンの親指と人差し指ではさまれている切符をのぞきこむ。すると「なになに?」という感じで、まわりの部員もその切符に視線を移す。何人もの坊主頭がキュッと集まり、手元の小さな切符をジッと見つめ、その坊主頭をオレンジ色の夕日が照らしている。

切符には1枚1枚、4桁の番号がふられている。その番号を使って四則計算し、瞬時に答えを10にする、というもの。


部員みんなが一斉に競いはじめた。誰が1番速く、自分の切符の4桁の番号を計算して10にできるか、を。

男子のこういう単純なところがブラボーすぎる。愛しい。

どうってことないただの遊びなんだけど、ケータイもスマホもない昭和世代の高校生にとって、それは楽しかった。色気も、飾り気も、なんにもない遊び。それでも十分満足できた。高校生のわたしたちはそれくらい田舎に住んでいて、それくらいシンプルだった。

4桁の数字には当たりはずれがある。たとえば「5020」だったらすぐ完成。

5×2+0+0=10

それが「7681」だったら少し難しいかもしれない。

8−6+7+1=10

ときには、掛け算や割り算を使ってようやく10になるような組み合わせもあったりする。発想の転換やヒラメキが必要で、みんなの前で10になる計算方法を発表するのも楽しかった。

「俺とは違うやり方だ。俺だったらこうするかな」
「おー、なるほど」

同じ数字の組み合わせでも違う計算方法だったりして、それぞれの個性が出る。ド直球でスピーディーに10をゲットする男子。わざと難しい計算をし、最後は華麗に10をゲットする男子。

どのアプローチで10をゲットするのか。

そのときの坊主頭全員は、それしか考えていなかった。1人1人の10への導き方が、野球をプレーしているときの美学や姿勢とリンクしているように思えて、胸がくすぐったくなる。

直球で試合に挑む男子は、分かりやすいストレートな正攻法で10をゲット。チームきっての策士の男子は「ほー、そんな方法があったのかぁ」とみんなが思わずため息をつくようなやり方で10をゲットする。お調子者の男子は「わざわざそんな面倒くさいやり方をしなくても・・・」という計算方法で、みんなを笑わせる。

なんといっても、真っ黒に日焼けした坊主の男子たちが、頭を近づけて切符を片手にワイワイしている姿が微笑ましかった。坊主頭を順番にグリグリ撫でたくなるような、イイ眺め。

なんとも平和で、なんとも素朴だ。

それ以来、4桁の数字を見ると「10にしたい!」欲がふくらんでしまう。

今から20年ほど前。子どもが小学生になり、足し算と引き算が分かるようになった。一緒に電車で出かけたとき、わたしは得意顔でこう言った。

「ほら。ね?ちゃんと10になるでしょ?」

「ほんとだー。すごーい。ぼくもやってみたーい」

この方法は、電車で長時間移動するときにとても重宝した。どうやって10にしたのか、その方法を子どもに聞いてみる。超アナログだけど、十分遊べて十分楽しかった。

暇つぶしにちょうどいいし、小学生には頭のトレーニングにもなる。

交通系カードで「ピッ」と電子音を鳴らし、改札を颯爽と抜ける今。切符を買うことがほとんどない。残念。切符を見ながら計算するのって、結構楽しいんだけどな。

流行らないかな、この超アナログ遊び。

電車の切符を買う機会が減ってからは、車のナンバーでするようになった。渋滞時のイイ気分転換になる。

語呂合わせ数字を作ってやってみたこともある。2525(ニコニコ)とか4939(ジグザグ)とか。まずは語呂合わせ数字を考えてそれを10にする。まぁ、超どうでもいい遊びだ。

歴史の年号や、電話番号の下4桁でもいけそうだ。

かれこれ35年くらい、4桁の数字でやり続けてきた。そろそろ6桁くらいの数字にバージョンアップするのもいいかも。でも、6桁の身近な数字ってなにがあるんだろう。

数字の組み合わせを10にする遊びなんて、多くの人にとってはどうでもいいだろう。正直、わたしにとっても超どうでもいい。

でも、生活のなかに「超どうでもいい」遊びがあるのも、悪くない


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