“締切”がもたらす緊張感、わりと好きよ
世の中のいろんな仕事と同じように、翻訳の仕事にも締切がある。
この、“締切”という言葉の魔法といったら。
“締切”と聞くと、背筋がシャンと伸びて、「よし、やろうじゃないの」とボルテージが上がる。
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私のような特許事務所勤務の翻訳者(日→英)のソースクライアントは、日本の企業や学術研究機関。
ソースクライアントから外国への特許出願依頼を受けた時点で、その案件の出願期限が確定する。そこから逆算して、外国に出願するために特許明細書(発明の説明書のようなもの)の翻訳の締切日を設定する。
翻訳文がどれくらいの量になるかは、もとになる日本語の特許明細書のボリュームによる。
翻訳1件が完成するまでに1週間程度のボリュームの場合もあれば、2週間以上かかるくらいの大型案件の場合もある。
平たく言うと、翻訳文は、日本語の特許明細書の長さにほぼ比例する。日本語の特許明細書が長ければ、翻訳文も長くなる。
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翻訳の締切日が設定されると、私が最初にすることは、翻訳作業の配分。
①技術担当者(弁理士)と発明内容の確認・打ち合わせ
②過去の翻訳案件との照合
③類似する技術案件の調査
④技術用語の確認と、ソースクライアントのマニュアルチェック
⑤翻訳開始
⑥翻訳終了
⑦翻訳チェック1回目(PC画面上で和文と英文を照合)
⑧翻訳チェック2回目(プリントアウトして和文と英文を照合)
⑨翻訳チェック3回目(プリントアウトして英文のみをチェック)
⑩翻訳チェック4回目(マニュアルに合わせてフォーマット等をチェック)
翻訳締切日までに、この①~⑩までの作業をする。
翻訳者によって方法はちがうが、⑧と⑨の間を、私は最低でも2日間は空けることにしている。
自分の作成した翻訳文からいったん離れ、脳内をリフレッシュするためだ。2日間空けたあと、冷静でフラットな視線から翻訳文を最終チェックする。
⑧と⑨の間で翻訳文を2日間寝かせることも念頭に入れ、翻訳締切日から逆算して、①~⑩までの作業をいつ終えるべきかという“プチ締切”をそれぞれ決める。
翻訳締切と各作業の“プチ締切”をデータ管理するだけでなく、カレンダーに手書きで記入してアナログでも管理する。
翻訳締切と“プチ締切”が決まれば、スタートラインに立ったということ。
あとは淡々とマラソンを走るように、各給水所=“プチ締切”を小さな目標にして、ゴールテープ=翻訳完成を目指すのみ。
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1件の外国出願用明細書の翻訳と並行して、納期が短い翻訳案件が入ることもある。後輩の翻訳文をチェックする業務が入ることもある。
いくつもの翻訳を並行して行うために、それぞれの翻訳作業に、締切と“プチ締切”を細かく設定する。
締切までに複数の翻訳案件を抱えてオーバーフローしないかどうかは、長年のカンのようなもので察知できる。
件数を積み上げることでしか得られない感覚。
どの業界のどんな仕事にもあると思う。まさに、それだ。
細かく設定した“プチ締切”に間に合うように、できれば前倒しで作業を進めていく。適度な緊張感をもって。
この、適度な緊張感がわりと好きだ。
適度な緊張感をもって仕事をすると、作業効率が高い。
たとえば、技術分野の不明点を技術者(弁理士)に質問する場合。
適度な緊張感をもって質問をするのとそうでないのとでは、質問の核心ポイントに至るまでの時間が違う。
質問するという行動で相手の作業時間を奪っているわけだから、「このへんのことがぼんやりしていて分からないんです」なんて質問はナンセンス。
分からないポイントをまとめて、短文でサクサク質問するほうが、相手の時間も奪わないし、自分があとで見直しするときにも分かりやすい。
適度な緊張感をもって仕事をすると、無駄の少ない動線を意識できる。
たとえば、過去の資料を調べるためにファイルがズラリと並んでいる書棚の部屋に行く場合。
行くときはあの通路を進んで、ついでに通路の途中にある参考資料をピックアップして、帰りにコーヒーを入れてこよう。
何度も自分のデスクから離れて足を運ぶような無駄な動きがなくなる。
適度な緊張感をもつと、翻訳作業もリズムにのれる。翻訳中に邪念の入り込む余地がない。
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私の場合、適度な緊張感をもたらしてくれるのは“締切”だ、ということを自分で分かっている。
だからあえて、最終的な“締切”以外に、各作業の“プチ締切”を設定する。
1日中、ただひたすらPCと向かい合ってキーを打ち続ける翻訳作業。各翻訳者はパーティションで区切られていることもあり、緊張感が途切れがち。
緊張感がなくなると、キーを打ちながら頭の中では全く違うことを考えてしまったり、お菓子がたっぷり入ったひきだしに、つい手が伸びがちなのだ。
そうなると、集中力は途切れて作業効率はガタ落ち。最終締切日の直前になって慌て、自分が納得するクオリティの翻訳文をうみだせなくなる。
すぐ誘惑に負けそうな私でも、“プチ締切”が適度な緊張感を与えてくれる。
カレンダーに手書きで記入している“プチ締切”。これを、1つずつ【済】とすることで、ちょっとした達成感を味わえる。
この達成感の積み上げがあるからこそ、翻訳締切日までモチベーションを持続できるのだ。
あくまでも、『適度な』緊張感というのが肝で、『過度な』緊張感はご法度である。
この緊張感の度合いのコントロールも、件数を積み上げることで得られた感覚である。
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