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キッカケが降ってきた

あれは一体なんだったのだろう。なにかの修行なのか。

リモートワークになり、通勤から解放されて早2週間。このフレーズが幾度となく頭をよぎる。

朝の歯ブラシをしながら、ベランダの洗濯物を庭に出す。急いで化粧をし、戸締りのチェックをする。小走りで髪を整えたあと、家を出る。

家から駅まで歩いて10分。ほんの1分でも短縮しようと、いつも早歩き。ジョギングやウォーキングする人を横目に見ながら、信号が点滅するまえにあわてて渡る。

ぎゅうぎゅう詰めの電車に揺られ、本を読むのもままならない。駅に止まるたび、満員車両にはさらに多くの人が乗りこむ。鞄をグッと胸に引き寄せ、肩を縮める。

『痛勤地獄』とはよく言ったものだ。1時間以内で通勤できるワタシは、まだマシなほうだろう。こんな朝を20数年も続けてきた。

今まで、こんな朝しか知らなかった。

リモートワークになり、通勤の1時間が空いた。この空白の1時間、なにかをしないともったいない。ワタシは根っからの『もったいない星人』だ。

翻訳という仕事は、体を動かすことがほとんどない。PCの前に座り、ただ黙々とキーボードを打ち続ける。不健康きわまりない。今までは通勤の際に歩いていたが、リモートになってからはそれもなくなった。

運動不足に拍車がかかる。これはマズイ。通勤で使っていた1時間をウォーキングに充てよう。もったいない星人の時間の使いかたとしては、まぁ悪くない。

幸いなことに、徒歩10分圏内に県運営のだだっ広い公園がある。子供たちが小さかったころ、週末ごとに訪れた場所。ここを利用しない手はない。税金はたくさん払っている。

そしていま、ワタシは知ってしまった。

こんなにも豊かに流れる朝の1時間があるということを。

そしていま、ワタシは気づいてしまった。

あの通勤の1時間はなんだったのだろうと。

早朝の空気は少しだけ水分を含み、頬をしっとりと包みこむ。新鮮な空気を胸に思いきり吸い込んだら、ウォーキングスタートだ。

明るい薄青色の空に浮かぶ、ベールのような雲。朝の光をたっぷりと浴びる木々。鳥はチュンチュンとさえずり、風がさらさらと新緑を揺らす。

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風にそよぐ新緑を見上げながら歩く。緑のシャワーを浴びているみたいだ。

小刻みにタッタッタッという音が聞こえる。スニーカーで土を蹴る音。広い公園にはジョギングをしている人も多い。

自然がたっぷりの公園。ここから徒歩圏内に住んで20数年も経つというのに、早朝に来たことはなかった。なんてもったいない。

生い茂る緑や色とりどりの花を、どうしてもっと感じようとしなかったんだろう。朝の公園には、こんなにも豊潤な時間が流れていたというのに。

通勤時、この公園を遠目に見ながら駅に急ぐ毎日だった。

頭では、仕事の締切とその日のスケジュールを反芻し、目に映るものを見ているようで見ていなかった。

音をキャッチする耳のセンサーはSpotifyのために使われ、鳥のさえずりにはまったく反応しなかった。

公園には、日々移ろいゆく自然の営みがあったのに。季節ごとに道端に咲く花さえも、簡単に見のがしていた。日々の忙しさをいいわけにして。

そんなことを思いながら、今までの無関心を詫びるようにゆっくりと歩を進める。身体の感覚センサーのアンテナをピンと立てて。

ついこの間まで咲いていた桜が、葉桜になった。

昨日はまだ蕾だったツツジが、今朝は咲いている。鼻を近づけるとほんのりとした香り。

新芽が生えてきたばかりの木の幹に手をのばす。

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前の日とまったく同じモノなんて1つもない。自然はこうやって、淡々と営みを続けてきた。

その営みに気づこうとしなかったワタシのそばで、いくつもの季節を超えてきたんだ。粛々とした自然の厳かさに、今さらながら心を打たれる。

自然のちょっとした変化に気づくことができるようになった今の自分を、ほんの少し嬉しく思う。

この変化をもたらしたのは例のアレだ。アレがなければ、今も毎日満員電車で通勤していたはず。豊かに流れる朝の1時間を知ることもなく、気づこうともせず、そのまま年齢を重ねていただろう。

神々しい自然と触れる時間を知ったいま、なにかがワタシの中で変わっていくのを感じる。

今後の人生における優先順位が変わっていくんだろう。時間の使いかた、生活の営みかた、人との関わりかたの優先順位が。

今までのやりかただと、もう飽和状態なんだよ。これまでのやりかただと、ヒトが住むHome---地球---は、もう限界を超えるんだよ。

例のアレはそんなメッセージを伝えているのかもしれない。

考えるキッカケが降ってきたんだ。

そのキッカケを受けとめて、これからどう歩むのかを見つめなおす、いいチャンスなんじゃないか。

早朝の瑞々しい空気を吸い込みクリアになった頭で、そんなことを思う。

自然のチカラって偉大だ。どんな状況でも淡々とそこに存在していて、ワタシのようなささやかな人間にも、考えるキッカケを与えてくれる。

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