スマホをおく場所、決めてますか?
「鍵とスマホ、決めた場所にちゃんとおいた?」
リビングにいる旦那さんが、玄関に向かって声をかける。その先にいるのは子供ではない。わたしだ。そう、これはわたしに向けられた言葉。
鍵とスマホとメガネを決めた場所におく。これがわたしの習慣。
そんなことが習慣?わざわざ習慣ですなんて言わなくてもできるよね、いい大人だったら。
そう思われるのは重々承知でこれを書いている。いい大人への道のりは意外と遠かった、そんな話。
♢
おそらく90%以上の大人は、鍵とスマホを決めた場所におくんだろう。それも無意識に。
玄関で靴を脱ぎ、10歩くらい先のキーラックに鍵をカシャリと入れる。さらに10歩進んで、リビングにおいてある充電器にスマホをつなぐ。
この一連の動作を体が覚えていて、頭では『今日の夕飯なにかな』なんてことを考えながら、流れるように動くんだろう。
「ただいま」と帰宅して、40秒後に鍵はキーラックにかかっているし、スマホは然るべき場所で充電されている。
いい大人はそれくらい簡単にできるんだろう。それも無意識に。
♢
年齢だけはとてもいい大人だけど、残念ながらわたしはこれがなかなかできなかった。
帰宅してボーっとしたまま靴を脱ぐ。キーラックに鍵を入れ、そのつぎにスマホを充電するというプログラムが、わたしの頭にはインストールされていなかったようだ。
すると、なにが起きるかは容易に想像できる。
使いたいときに鍵が見つからない、スマホは行方不明、メガネの場所が分からない。こういうことが多発する。
わたしにとってはどれも大問題、悲劇だ。でも、それを見ている家族にとっては呆れかえるほどの喜劇だ。
家を出る直前に鍵がないことに気づく。すぐ出かけないと間に合わないのに、鍵の行方がわからない。
ドレッサーを探したり、昨日のカバンに手をつっこんだり、靴箱の上をチェックしたり。いろいろしてみる。とにかくいろいろしてみる。
「ねーねー、鍵知らない?お母さんの鍵!キーがないと運転できない」
そんなわたしを哀れに思ったのか、最初はみんなも一緒に探してくれた。でもこんなことが何度も続くと、探す気配すら見せてくれない。
「えー?またなくしたのー?使ったらちゃんと元に戻さないとー。前から何回も言ってるよ」
と、親が子に言うようなセリフを、子が親に言う。ソファでyoutubeにくぎ付けの子は、慌てるわたしに一瞥もくれない。
♢
あるときは、ソファのすきまから鍵が出てきた。
「だからさー。鍵をソファにポーンって投げるのやめたほうがいいと思うよ。何回も言ってるけど」
旦那さんがため息をつきながら、キーホルダーごとジャラッとテーブルの上におく。
またあるときは、夜遅く帰ってきた旦那さんが
「これ、防犯上きわめて危ないケース。ちゃんとしてや」
と、夜気でひんやり冷え切った鍵を、目の高さでシャラシャラと揺らす。
玄関のドアに差したまま、数時間。旦那さんが玄関の鍵を開けようとしたら、わたしの鍵が差しっぱなしだったらしい。
「鍵を開けたら抜かないと」
まるで小学生のように注意される。いや、率直にいうと叱られた。母が叱られる姿を子供に見られる気まずさよ。
ある日のこと。子供が使ったものを片づけないものだから
「ちょっとー、使ったものはちゃんと元の場所に戻しなさいよ」
と言うと、子供はシレッとした顔で
「あー、なんかこういうところお母さんに似ちゃったね。このあいだもスマホないって大騒ぎしてたもんねー、お母さん」
とやり返され、いたたまれない気持ちになる。
♢
自分でもなぜそうなるのかが分からない。無意識って怖いもので、そのあいだの意識がピューンと飛んでいるのだ。
鍵やスマホやメガネ(ときどき財布)をどこに置いたのか。
動画編集で画像を削除したみたいに、そのシーンだけがぷつりと消えてなくなっている。まったく記憶にございません状態。
通知音が煩わしいので、スマホはバイブにもしていない。だから、スマホが見当たらないからといって、自分の番号に電話するという方法も使えない。いくら呼び鈴がいっても、スマホはどこかでひっそりと佇むだけ。なんの反応も返ってこない。
スマホの行方が分からなくて慌てるのは、家族のなかでわたしだけだ。みんなは置く場所をちゃんと決めていて、1回使うとそこに戻している。
所かまわず無意識にポンと置くのはわたしだけ。そして、どこに置いたのかまったく覚えていないのもわたしだけ。
「あー、またこんなところにお母さんのスマホがおいてあるよ」
あるときは、子供のタンスのひきだしの中にあった。たたんだ洗濯物と一緒にしまったらしい。そう推測するしかない。そこに入れた記憶がないのだから。
ベランダに置き去りになっていたこともあるし、車の助手席に置いたままなんてこともざらにある。
♢
メガネの置き忘れもしょっちゅう。洗濯機のなかに入っていたこともある。洗濯物を分別していた旦那さんが気がついた。
「どうしてこんなところにメガネがあるんかな。まぁ、脱いだTシャツの上にメガネをおいて、そのまま洗濯機にポーンと入れた、とかそういうんだと思うけど。このまま洗濯したら危ないよね。」
呆れかえった旦那さんは、もうわたしの顔すら見てくれない。
そう言われればそんな気もする。でもそのシーンの記憶が抜け落ちているものだから、思い出しようがない。
♢
これらは不思議なことに、家族と同じ空間にいるときだけ起きる。仕事中や友達と一緒のとき、1人で旅行をするときにはありえない。
家族と一緒で安心しきっているのか、気がゆるんでいるのか。
はたまた家の玄関に入ると、わたしの頭のネジだけが2,3本ピューンと飛んでいく仕組みになっているのか。
真相は分からないままだが、どこにでも無意識にポンと置く癖がよくないということだけは分かった。
だから、鍵とスマホとメガネを決めた場所におく、これを習慣にした。置くときの動作を自分の目に焼き付けることにしたのだ。
おかげで、使いたいときにすぐに使える。時間の節約にもなるし、ストレスフリー。
なんといっても叱られない。
これができるようになった今、わたしはいい大人の仲間入りを果たしたのだ。
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