冥土喫茶に逝こう【実話】⑤

人事の目

 店に入り真ん中の席に我々は座った。
「メイド喫茶ってこんなところなの?」
 小声で私に話しかけた。

 ネクタイの気持ちはわかる。
 知識がない状態でくれば多少動揺する。
 初めて経験することに対してはどんな人でも少なからず緊張や動揺がでるもの だ。
 それは人としての習性だと私は考えている。

「こんなもんだよ。気楽に遊んでくれる」
「わかった」

 会話をしているとまいさんが私たちに近づいて声をかけてきた。
「あれ、ぼうしさん隣の方は?」
「俺の友達。メイド喫茶楽しいからついてきてよって頼んだら今日ついてきてくれんだ」

 嘘はついてない。
 実際メイド喫茶は楽しいし、ここにいる常連さんたちはいい人が多い。
 1人2人喧嘩っぱやそうな人もいるが。
 本当の目的を彼女に教える必要はない。

「こんばんは、お名前はなんていうのですか?」
「ネクタイです。よろしくお願いします」
「きてくれて嬉しいです。楽しんでください」
 会話が途切れそうだったので私は生ビールを注文し、ネクタイはジュースを注文した。
 賢い判断だなと私は思った。
 本来はアルコールも飲めるネクタイだが、今回は目的がある。
 冷静に判断したのだろう。

 話を続けているとお客がどんどん入ってきた。
 ぐっさんと呼ばれている常連と、4回目に会って会話をしたマサさんと呼ばれている常連だ。
 2人は仲良しで昔から付き合いがあったことを前回話してくれた。
 2人は私たちの席の隣に座り、声をかけてきたので我々も話を返し、しばらく4人で談笑した。

 今回私は特にやることもないので、メイド喫茶遊びを満喫した。
 遊びは楽しくなければいけないと先輩にも教わっていた。

 生ビールを早々に飲み終わった後、日本酒に切り替えた。
 2時間もたてば酔っ払いの完成である。
 2時間たったので会計をお願いした。

 会計の伝票を見たネクタイはあることに気がついたようで私に耳元でささやいた。
「値段ちがくない?」

 私の性格をネクタイは忘れているようだ。
 酔っぱらった時の私はめんどくさがりの傾向になる。
 さらに酔っぱらっているので値段とかどうでもよかった。
 めんどくさいな〜と思っていた。

「値段が違うとか言ってるぞ」
 声に出すとすぐさま店長のまいがネクタイの前にきた。
 電卓を取り出して、力強く叩いて値段があっていることを示した。
 その間、彼女は一言も声を出していない。
 ネクタイは彼女の行動に圧倒されたようですぐお金を出した。
 そのあと、お見送りをしてもらい店を出た。

 電車の中、ネクタイが私に話しかけてきた。
「あの女、やばいよ。近づかないほうがいい。気が強いのよくわかったけど、もっと違うやばさがある」
 などといろいろ言ってくれたが酔っぱらっているので話が頭に入ってこない。
「酔っぱらってるで、明日教えてくれる」

 そのとき私はこう考えていた。
 日本酒はあかん。ホント日本酒はあかん。

 朝、目が覚めると、二日酔いもなく調子が良かった。
「調子がいいな」
 カーテンを開け朝日を入れる。
 顔を洗い、朝ごはんを食べ歯磨きをした。
 その後は部屋の掃除をし、ネクタイに電話をした。

「おはよう、昨日はありがとう。飯行かない?」
「いいよ。時間は?」
「12時に待ってます♡」
「了解」
 1分もたたず会話は終了した。

 「LINEで着いた」というメッセージが入ったので、私は家を出た。
 ネクタイ自慢の愛車ハリアーが、家の前の道路に止まっていた。
「こんにちは、デンゼルワシントンです」
 私の顔を見たあと、何も言わず車は発進した。

 しばらくしてネクタイから話を切り出してきた。
「酔っぱらってたね」
「楽しくてね。お客さんはいい人が多いでしょ?」
「そうだね。でもあの女は危険だよ」
「どうしてそう思った?」
「彼女の情報はあまりないし、昨日はお客さんも多くてあまり話せなかったけど直感で危険だと思った。あんな女性見たことないよ」
「他には?」
「気が強すぎる女性だということと、あの女性と付き合う男のイメージがわかない」
 確かに彼女は気が強い。
 自営をするぐらいのだからあのくらいの気の強さは必要かもしれない。
 いい人ばかりではないから。

 ネクタイも20代の頃は合コンばかりしていた。
 1ヶ月に1回、または2回合コンをしている時もあった。
 結婚したのは26歳の頃だが、結婚して1年たつと再び合コンを繰り返す男。
 ただ、一夜を共にするチャンスは何度かあったようだが、1度たりとも手を出さなかった。
 奥さんのことを大切にしていたし、合コンをすること自体が好きな男だから。

 ネクタイ自身も多くの女性を見て接してきた。
 女性を見る目はもちろんあるし、女性の怖い部分も理解している。
 何より人事をしている男だ。
 私はその言葉を聞いて、私の見る目は間違っていなかったことを確信した。

「他には?」
「まあまあメイド喫茶楽しかったね。ぐっさんとかマサさんはいい人そうだし」
「確かに」
「あの女性には近づかないほうがいいよ。夜の店だし。危ない人間の1人や2人いるだろうし」
「ボディーガードぐらいいるだろうな。見たことないけど」
「あと、ぼうしの会計は安かったよ」
「ああ。今日冷静になって考えたら気づいた」
「なぜ?」
「前スナックの女性に聞いた話なんだけど、気に入ったお客には少し安くするという策がある」
「何それ?」
「またこの店に通って欲しいという願いと、あなたは気に入っていますよという意味だったかな」
「だから安かったのか。気に入られましたね」
「嬉しい限りだよ」
「まだメイド喫茶行くの?」
「答えを知りたいんでね」
「そんなキャラだった?ぼうしは他人には無関心な人だと思っていたけど」

 付き合いが長いネクタイの言葉はあっている。
 私は他人にそこまで関心を持たない。
 なぜ今回はここまで興味を示したのだろう?

 少し考えてから、私は考えることをやめた。

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