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竹取物語2

 長澤は昨夜のかぐや姫のことが気になって、その夜、知り合いの心理カウンセラーの山川忍のところへ電話した。
「本当に竹を切って出てきたのかしら」
「本人はそう言ってるし、竹取の翁もそういっている」
「でもそのじいさん、嘘ついてたりして」
「それも考えられるかなあ」
 ひょっとして、赤ん坊が不憫に思えて、そんな嘘を警察にいったのかもしれないな、そんな風に彼は思った。すると自分はかぐや姫だ、と信じている彼女が不憫だ。孤児でいろいろ大変なことも会ったのだろうと思うが、自分はかぐや姫なんだと思うことで誇りを失わずに生きてきたんだろうなあと感じた。
「どこの施設?」
「さあ、聞いてない」
「名前は」
「かぐや姫」
「本名よ」
「聞いてないけど、多分かぐや」
「いい加減ね」
「また満月の夜にやってくるさ」
「今までも来ていたんでしょうね」
「ああ、全然気づかなかったよ」
 次の日の午後、俺は本屋に立ち寄った。そこで、意外や、かぐや姫がいた。
「かぐや姫さん、いつぞやはどうも」
 長澤は立ち読みしている彼女の横に立ち、そういった。彼女はビックリした表情で、彼の顔を見たが、再び本の方に目を向け彼を無視しようとした。
「君、地球での名前は何ていうの」
 彼女はぶっきらぼうに「大塚かぐや」と一言いった。思った通りだった。
「どこの施設だい」
「どこでもいいでしょう」
「学校は」
「なんの尋問」
「君に大変興味があってね。というかあのビルの7階に、俺が住んでいるんだ。そのビルから飛び降り自殺でもでたら嫌だな、と思ってさ」
「だから飛び降りないっていったでしょう」
 怒ったような彼女に長澤は笑顔で応酬した。
「ちょっとむこうのファミレスで話をしないかい」
 彼は軽くそう誘った。彼女にとっては、男性からそんな風に声を掛けられるのは初めてのようで、一瞬緊張したのが、彼にはわかった。
「いいよ。驕りよね」
「ああ勿論さ」
 長澤は彼女のそれとない仕草に影のようなものを感じ取っていた。それは昨夜のあの場面からである。かぐや姫なんて本気で信じているのだろうか。そうなりたいと思っているのだろうが、あの夜、彼女は彼が止めなければ本気で飛び降りていたんじゃないか、と思っている。毎月、満月のたびに来ているなんて絶対嘘だ。おそらくは死のうと思って、初めてあのビルにきて彼に会ったのだ。
「さあ何でも頼んでいいよ」
「じゃあチョコレートパフェ」
「OK」
 俺はチョコレートパフェとドリンクバーを頼んで、ホットコーヒーを注いできた。
「ねえ、友達はいるの」
 長澤は聞いた。一番重要なことだ。多分いないだろう、もしかしていじめにあってたりして。そんな風に感じていた。
 かぐやはうつむいて黙ったままであった。結局チョコレートパフェがくるまで一言も喋らなかった。
「友達何ていらないわ。どうせ月に帰るんだから」
 チョコレートパフェに匙を突き刺しながら彼女はそういった。<つづく>
 

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