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真剣勝負(ショートショート)

 俺は剣の達人で、奴はただの素浪人だ。だが剣の構えを見ると実戦をかなり積んだらしく隙が無い。
 俺は剣の達人だ。だが千葉周作以来の竹刀に面と銅と籠手をつけた北辰一刀流での話だ。実戦はない。技術はかなりある方だとは思うが、奴のルール無用の喧嘩殺法で挑んでこられたら、勝敗はどうなるかわからない。いや真剣を振り回したことなどない俺の方が絶対的に不利だ。
 しかもここで負けたら千葉周作先生の名に傷がつく。やばい。だがここで剣を抜いた以上、引き下がるわけにもいかない。
 ジリジリジリと奴は間合いを縮めてくる。どうするか。俺は剣の小手先をゆらゆら揺らしながら、考えを巡らしていた。
 死なぬまでも片輪になるのは覚悟せねばなるまい。そのくらいの気で挑まねば、到底勝負にはならぬ。
 奴が威嚇の為か上段に剣を構えた。その手には乗らぬとばかりに俺は冷静に受け流した。
 誰か止めに入ってくれないかなあ。俺はボンヤリ考えた。奴が攻めてこないので、少し心に余裕ができたのだろう。その隙が危なかった。いきなり奴が突きを仕掛けてきた。
 俺は間一髪それをかわし、籠手を打った。みねうちである。奴は剣を落とし、その場に土下座して「まいりました」といった。
 勝った。しかも双方怪我人がでることもなく。俺は体が自然に動いて、みねうちにするくらいの余裕を見せた。さすが北辰一刀流である。技が体に染みついていたのだ。
 そもそものこの喧嘩沙汰の原因さえ憶えてはいなかった。だが奴は「申し訳ございません」と一言いって走って逃げていった。どうやら遺恨も残らなさそうだ。めでたしめでたしである。
 野次馬の連中がいつの間にか集まっていたが、三々五々散らばっていった。俺も道場の方に向かって歩き出した。
「大した腕でございますな」
 後ろから声を掛けられた。振り向くとどうにも怪しげな男が1人立っている。歯が所々欠けていかにも貧相な顔たちで、剣は帯びていない、町人髷の男である。
「その腕を見込んで少しご相談を」
 怪しげな男は俺にそういった。
「立ち話もなんでしょうから、あちらの店にでも入りましょうか」
 どうも時代小説によくありがちなパターンになってきた。どうやら喧嘩の助っ人かなにかを頼むつもりなのだろう、こんなのに付き合っていたら、命がいくつあっても足りない。第一さっきの喧嘩沙汰といい先生に知れたら破門ものだ。
「いや、道を急ぐゆえ、お主の話は聞けぬ」
 俺はそう答えた。
「1人の女の命がかかっているんでございます」
 常套句だ。これに乗ってはいけない。小説だから、乗らないと先に進まないのだけれど、決して乗ってはならない。
「実は私の娘のことなんでございます。」
 こいつの娘なら大した器量でもなかろう、捨てておこう。
「あっ、今こいつの娘ならブスだろうから、ほおっておこう、とそう思ったでしょう」
 しまった。顔色を読まれてしまった。しかし千葉道場の権威に関わることだ。そういうことに顔を突っ込んではいけない。
「あっしに似ないで、それはそれは美人でして、そいつが今吉原で働いているんですが、大人気なもので、岡惚れする奴がたくさんいるんでございます」
 あー言うな、言うな、聞いてしまうではないか。
「なかでも旗本の山本某というお方が、お絹、それが、あっしの娘の名前なんですけれども」
 俺は走って逃げることにした。つまらぬことに付き合ってはいられない。
奴が追ってきた。刀を差してない分、奴の方が俄然早い。いつのまにか道場の前まで追いかけてきてしまった。
「勘弁してくれよ。私は千葉道場を背負う身の上なのだ。そういう話には乗れぬのだ。さっきの男はどうだ。見た所、俺には負けたが、見どころはあるぞ」
「どっちかっていうと貴方様の方がいいんですがね」
 そこまで買われたからには、本当のことを言うしかあるまい。
「実は俺はさっきの喧嘩が真剣では生まれて初めてなのだ。運よく勝つことができたが、小便ちびりそうだったのだ。このうえ喧嘩なんぞには関わりたくないんだよ」
 そこまで聞いて得心が言ったか、男は唖然とした顔を見せて、黙って去っていった。
 助かった。刃傷沙汰はもうたくさんだ。俺は道場へ入っていった。
 時代小説何て書くつもりじゃなかったのだが、勢いで書いてしまった。このまま助太刀まで書いてしまったら、ショートショートにならないではないか。
 

 
 
 
 


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