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英雄の末路

 100年後、任務を終えて、地球に帰ってきた俺たちは盛大な歓迎を受けた。何しろ100年だ。銀河系を越えて、未知の星々を探検してきたのだ。調査データはそのつど、地球に送り、新しい発見や宇宙の成り立ちについての研究に多大なる影響を与えた。戻ってきて祝福されるのが当然というものだ。
 今、俺は130歳を迎えるが、出発した頃の30歳のままの姿で心身ともに充実している。他の乗組員もみんなそうだ。星から星の間を飛んでいる最中は皆、コールドスリープ状態で冬眠をしていたのだから、実際100年間で起きていた時間は地球時間で1年足らずだろう。
 俺たち乗組員は、だから親兄弟、配偶者がいない者から選ばれた。出発が今生の別れになるわけだから、肉親等いないほうが都合が良かった。
 乗組員は全部で5名だ。男性2名に女性が3名。もっとも5名ともジェンダーレスなので、この区別にあまり意味はない。宇宙船の中で色恋沙汰なんかがおきることもなかった。5名は全員が一斉に寝て、起きる時は一斉に起きた。寝ている間はコンピュータがうまいごとやってくれた。
 歓迎会が開催された。大統領がみんなに握手を求めてきた。この大統領も俺たちが出発した時はまだ生まれてもいない。
 歓迎会では宇宙船の船長である俺が、皆に向かって無事帰ってきましたと報告をし、皆拍手の嵐で俺たちを出迎えてくれた。
 それから俺たちは病院に行き、しばらくは入院をしなければならなかった。なにしろまともな食べ物は一切口に入れておらず、チューブに入った流動食と錠剤、点滴だけで、生きてきたのだ。まずは地球の生活に慣れないといけない。
 俺たちはそれぞれ保菌された個室を与えられ、体中にチューブをつけられ、健康状態を常にチェックされた。おかげで寝たきり状態である。もっとも重力の問題で普通に歩け、と言われても歩けなかったので、仕方のないことではある。早くリハビリがしたい。
 親戚も何もいないのだから、面会に来る人もおらず、マスコミもとりあえずはシャットアウトだった。
 寝ているだけで、暇だったが、決まった時間に医者がきて、現代の常識について説明をしてくれる。TVをみるのは自由だったので、それをみただけでも勉強になった。ものすごいカルチャーショックを覚えた。
 ある日、TVで日本の「浦島太郎」という昔話をやっていた。見終わった後、何か引っかかった。気になった。まるで俺たちのことみたいじゃないか。そんな風に感じた。それを医者に話すと、否定しなかった。どうやら俺たちの体は無理が言って、ボロボロになっているらしい。見かけはまだ若者だが、130歳なりの内臓機能しかないそうだ。
 つまりこのままこの状態で、死ぬのを待つことになるのだ。俺たちの人生って何だったのだろう。実質31年しか生きていないのと一緒じゃないか。
 ジェンダーレスでも恋はしたかった。宇宙飛行士になるために犠牲にしたものは多かった。
 俺は狂ったように暴れまくって、チューブを全て外して、ベッドから転げ落ちた。そして這いながら、ドアの方へ向かった。
 リモートで見張りをしていた奴らが慌てて部屋に入ってきた。俺はがむしゃらに抵抗した。狂ったように抗った。ついに俺は這いながら外へ出た。
 その瞬間、俺の体は一気に歳を取り、ミイラのように変化していった。浦島太郎のように。そして静かに永遠の眠りについた。医者が何か言ったが聞こえなかった。
 

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