気遣いはいい事だけど疲れる
生まれてからずっと人の声や顔の変化を読み取っていたせいなのか人が「怒っている」、「悲しんでいる」を読み取ると同時に共感してしまう。冷たい視線も尖った冷たさを感じる。部屋が寒いというわけではない。ただ感じる。その「感じ」を何となく手で触れている「感じ」。見えないけれど感じる事が出来る。その為、人一倍気遣いをしてしまう。他人からその気遣いっていう「才能」欲しいとまで言われる。しかし、この「才能」は持っている人間にしか分からない辛さもある。この辛さを言える心を許した人が近くにいれば