【人事は語る】社会人経験無しのニートを雇ったら社内屈指のリサーチャーになった話

みなさんは、リサーチャーという職業をご存じでしょうか。

リサーチャーは簡単にいえば情報収集のプロなわけですが、あまり一般的な職業ではないですね。実際、転職市場でもリサーチャーの募集をしている企業は見かけません。

さて。今回はそんな珍しい職業の採用に関わった、ベンチャー人事時代の私のちょっとした採用裏話をしていきます。

マーケター超えの応募者数

私が人事として働いていたITベンチャーでは、ベンチャーということもあり応募者が60人程度集まれば充分でした。

これまでで、もっとも応募者が多かったのがWebマーケターの求人を出したとき。人数にして約120人でした。

しかし、今回のリサーチャー職に関しては約180人。年齢層は幅広く、経歴も様々でした。

これだけの人が応募してくれるのは嬉しい反面、180人の選考をすることを想像してため息をついたのは内緒です(笑)。

いざ選考へ

普段なら書類選考はじっくり行わずに即・面接を行いますが、今回はそういうわけにもいきません。

人数が多いので、まずは半分の90人程度まで絞ることとしました。

・経歴
・年齢
・ポテンシャル

上記、3つのフィルターを用いて書類選考を行いました。

まずは経歴ですが、リサーチャーという職業の特性を考慮してマーケターか営業の経験がある人を優先しました。

リサーチャーは数多くある情報の中から、本当に価値のある情報を絞り込む力が必要です。その点、マーケターも営業も常日頃から情報収集を行っていますし、売上に繋がる情報を精査するのも得意な人が多いです。

また、年齢に関しては、若ければ若いほど知識や経験を吸収する力が高いのが実情です。そのため若い人を優先することにしました。

最後に、ポテンシャル。これは書類だけでは分からないことが多いですが、たとえば、自己PRにキラリと光る何かがあればポテンシャルありと判断しました。

そうして、まずは40人にまで候補者を絞り込むことができました。やや人数を減らしすぎたこともあり、10人だけ追加して合計50人にすることにしますが、このプロセスでちょっとしたイレギュラーが発生します。

そのイレギュラーというのが、次です。

・社会人経験なし&年齢29歳の応募者(男性)

普通ならすぐに弾いてしまうところですが、私は彼にわずかながらのポテンシャルを感じてしまったのです。彼のことを、ひとまずB氏と呼ぶことにしましょう。

では、ざっとB氏のプロフィールを記載します。

・某サイトの管理人
・そのサイトでは月間1万PVを達成している
・SNSフォロワーは1000人を超えている

サイトを作っても月に10人~100人程度しか集められないのがほとんどですが、B氏は1万人以上を集めていました。SNSに関してもフォロワー数は申し分なく、ちょっとしたインフルエンサーと言えます。

リサーチャーは人々がいま何に注目しているのかを見極める力が必要です。そういう意味では、B氏は充分にポテンシャルがありました。サイトやSNSを通じて集客できるということは、価値ある情報を見極めて提供できている証拠です。

ただし、問題がないわけではありません。

繰り返しになりますが、B氏には職歴がありません。もうすぐ30歳になるにも関わらずです。仮に採用したとしても、会社にフィットできない可能性のほうが高いです。

こういう時、悩んだところですぐには答えが出ないものです。よって、ひとまず面接をして話を聞いてみることにしました。

面接開始

順調に面接を進めていき、最終面接に進める候補者を10人まで絞りました。みなさん非常に優秀ではあるものの、ベンチャー企業社員に必要な「必死さ」が感じられず決定打にかけます。

そんな中、いよいよ最後の一次面接を迎えます。そう、B氏です。彼は何か起こしてくれるのではと少しだけワクワクしている自分がいました。

B氏との面接当日。会社で待っていると、B氏がやってきました。髪の毛はボサボサで、声のボリュームは小さく、典型的なニートといった様子。ただ、彼の眼差しは真っすぐで、強い意思を感じさせました。

私はB氏との面接をさっそく開始することにします。

【私】
「職歴がありませんが、働かなかった理由は何かありますか?」

【B氏】
「会社で働くのはいつでも出来ますし、誰にでもできます。でも、自分だけの力で仕事を作って稼ぐのは誰にでも出来ることじゃありません。だから、私は自分の力を試すために働かずにサイトを運営してきました」

相変わらず声のボリュームは小さいものの、その言葉には計り知れぬパワーが宿っているように思えました。

私は少し間をおいてから、次の質問を投げかけます。

【私】
「ちなみに、自分の力だけでどれくらい稼げましたか?」

【B氏】
「月々10万円程度です」

そう答えたB氏の表情からは、どこか悔しそうな感情が垣間見えます。

自分ならできる。そう思ったのかもしれませんが、現実は違ったのでしょう。

【私】
「では、あなたが今になって急に働こうと思ったのは何故ですか?」

【B氏】
「自分だけではせいぜい、月10万円程度しか稼がないと分かったからです。つまり自分の能力の限界を感じたということです」

【私】
「限界を感じて、サラリーマンになろうと思った。そういうことですね?」

【B氏】
「おおむね、その通りです、ただまあ、面接でこんなことを言っていいのか分かりませんが…」

一呼吸を置いてから、B氏は話を続けます。

【B氏】
「会社で働かせてもらって、スゴい人のスキルを盗んで、いつか自分だけの力で1000万円以上稼げるようになる。それがサラリーマンになろうと思った理由です」

【私】
「じゃあ、いつかは独立予定ということですね?」

【B氏】
「はい」

一般企業なら、いつか辞めると分かっている人間を雇うことはありません。しかし、ベンチャー企業はそうではありません。

ベンチャー企業は、はっきり言って独立をするためのファーストステップとして考えている人ばかりです。会社も社員もみんなそれは分かっています。

むしろ、「いつか自分の会社を設立してやる」とか「フリーランスで独立してやる」とかそういう野望を秘めている人間でなければベンチャーでは生き残れません。

ベンチャー企業は、長期的なハイパフォーマンスではなく短期に爆発的な成果を挙げてくれる人を求めています。だから、独立志向の強い人間のほうが向いているものです。

私は、B氏をじっと見つめながら思いました。

これまで面接してきた候補者の誰を雇っても、おそらく期待どおりの活躍はしてくれるはず。ただし、期待を超える活躍は望めない。そんな直感がしました。

B氏の場合、一か八かになります。期待を下回るか、はるかに上回るか。ここで賭けに出ないようなら、ベンチャー企業の人事は務まりません。

私は、最後の質問としてこんな問いを投げかけます。

【私】
「学校を卒業して、一般企業で働いて、普通の人生を送る。そんな生き方をどう思いますか?」

【B氏】
「まあ、それは幸せな生き方だろうとは思いますが……。楽しい人生だとは思えません、自分には」

【私】
「どうしてそう思いますか?」

【B氏】
「みんなと同じように生きていたら、みんなと同じような幸せしか感じられません。それじゃあつまらない。だから、私はみんなと違うことをしてみんなとは違う喜びを感じたいと思います」

そのセリフに、B氏の魅力がギュッと詰まっているように感じました。

経歴も年齢もアウトですが、ポテンシャルだけはピカイチ。そんなB氏を、私は最終選考に残すことにしました。

その後

それから、B氏は見事に最終面接を通過しました。

およそ180人の中から選ばれた1人が、まさか職歴のない29歳だったとは誰も思わなかったでしょう。

何にせよ、リサーチャーの座を勝ち取ったのは彼です。

内定承諾から入社まであっという間に過ぎ、B氏は組織で働くことに苦戦はしたものの素晴らしい情報収集能力を発揮します。

当社の企画・マーケティングはもちろん、営業においても彼の集めてきた情報は非常に価値のあるものでした。

1か月が過ぎ、半年、1年と過ぎて会社内での地位を築いていきますが、想像していたとおりB氏は退職を申し出てきました。

盗めるものはすべて盗んだ。

そう言って、B氏は独立してフリーランスになりました。

たった1年弱ではありましたが、彼は会社に1つの文化を育んでくれました。それは、「会社に依存しない」という考え方です。

さすがにB氏のようにサクっと辞める社員はいませんでしたが、本業とは別に副業をする社員が増加し、収入源を増やそうとする動きが強まりました。

また、副業をする社員が増えたことで全社的なスキルアップに繋がり、新たなビジネスが生まれることもありました。

辞めると分かっていても、雇ったほうが良い人材もいる。

今回は、そんなお話でした。

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