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初恋と雪ん子と(短編童話)

 ある寒い冬の日。
静まりかえった真夜中、しんしんと雪が降り始めた。雪は一時間が過ぎたころだろうか、薄っすらと地面に、薄化粧をほどこした。
そのまま雪は静かに降り続けた。
 しゅうくんは翌朝、身体がしんから冷える感覚で、目覚めた。
 カーテンを開けて、外を見た。
一晩で積もった雪が朝日に照らされ、キラキラと光っていた。
 今年初めての雪に、しゅうくんは大喜びだ。
「天気予報通りだ」
急いで、用意していた服に着替えて、リビングに行った。
 お母さんはみこしていたかのように、ホットミルクを用意してくれていた。一緒にお手製のロールパンが入ったかごが、置いてある。
 お礼を言うと、ホットミルクをゴクリと一口飲んだ。
そして、ため息を一つついた。温かいそれは、冷えた身体と心を一瞬で、温めてくれた。
 それから焼きたてのホカホカのロールパンにかぶりつき、満面の笑みをうかべる。
お母さんの作るパンが、大好きだ。毎朝食べてもあきない。
「ゆっくり食べなさい。おかずもできたわよ」
 お母さんは目玉焼きやウィンナーなどが乗ったお皿を、テーブルの上に置いた。
 袖を伸ばしながらお母さんが、ぶるっと体をふるわせ言った。
「寒いわね。雪もだいぶ積もっているから、登下校、気を付けてね」
「うん、ありがとう」
 しゅうくんは、半分上の空だ。早く学校に行って、友だちと雪で遊ぶことで、頭がいっぱい。
 朝ごはんを食べ終わると、厚手のコートを着て、マフラーと手袋をはめ、ばっちり防寒をした。
ランドセルを背負おうとしたら、いつもより厚着のため、少し手間取った。
なんとかランドセルを背負うと、足早に家を出た。
「いってきます」
いつもの道が、雪が積もっているせいか、違う世界に迷いこんだような感覚になった。
フワフワした、不思議な感覚で歩いていると、小さな泣き声が聞こえてきた。
 気のせいかなと思ったが、前へ進めば進むほど、雪をふむギュッギュッという音にまじって、泣き声が強くなってくる。
 泣き声のする方を見た。するとこの辺で一番大きい木の下で、真っ赤なはんてんを着た子が座って、泣いている。
珍しい服で派手な色をしているため、とても目立つ。
その服は前に、雪国の人たちが着ているのを、教科書で見たことがあった。
 少し戸惑いながら、声をかけると女の子はびっくりして振り返った。同時に黒々とした、つややかな髪の毛が、ふわりと広がる。
 肌の色が雪のように真っ白いその女の子は、泣いていたせいか、それとも寒さのせいか、はんてんの赤よりほっぺたとくちびるが、赤く感じる。
「どうして泣いているの」
 急に話しかけたので、女の子は驚いている様子だ。涙が止まり、うるんだ大きな目を見開いている。
 女の子は小さな声で、ぼそぼそと言った。
「か、家族と離れてしまったの。雪が止んでしまって、どっちへ行ったのか分からないの」
「雪が止んでいるとどうして、どこへ行ったかわからないの?ほかに家族を探す方法はないの?」
「うぅん、分からない。このまま春になってしまったら、私、どうしていいか分からない。初めて、お母さんについて来たから、どうしていいか……。他の姉妹たちもいたんだけれど、姉妹たちと違って初めてづくしで、楽しくて、うれしくてキョロキョロしていたの。だから、はぐれてしまったんだわ」
 女の子は、また泣きだした。
 透き通るような美しさにみとれ、しゅうくんは心がなんだか、ドキドキしていた。
泣き止むように、優しく話しかけてみた。
「明日、また雪が降るそうだよ」
泣くのを止め、半信半疑な顔をしながら聞いてきた。
「本当に?」
「本当だとも。テレビの天気予報を見たけど、明日も雪だったよ」
女の子は安心した様子で、したしげな笑みを浮かべた。
 ふいの笑顔に、しゅうくんは顔が熱くなるのを感じた。
 こんな感覚、今まで感じたことがなかった。しゅうくんは、初めて感じる自分の感情に、少しとまどいを覚えた。
感情と一緒に、女の子に違和感も、感じた。
「明日まで雪は降らないのかしら?」
 少し落ち着いて、聞いてきた。
「あ、今日はこれから晴れるみたいだよ」
「晴れるってことは、太陽が出てきてしまう?雪はどうなっちゃうのかしら……」
 心配そうな顔をしながら聞いてきた。
「太陽は出るみたいだけど、この積もりかただと、雪は残ると思うよ」
 女の子の顔に、あんどの表情が見えた。
 服装や言動でしゅうくんの頭の中で、違和感の正体が、おぼろげに形になってきた。
 まるで、おとぎ話に出てくる、雪の妖精を連想させてくる。
 まだ確信はなかったが、しゅうくんは女の子が只者ではない気がした。
もっと話して、女の子が一体何者なのか、知りたかったが、女の子と話している間に、学校の時間が迫っていた。
「僕、学校へ行かなくちゃいけないんだ。独りで大丈夫?寒いから、あっちの日向の方へ行ったらどうかな?」
「……日向?ダメ!日向なんかに出たら、溶けちゃう」
 しゅうくんには、『溶ける』という言葉に、疑義の念がますます濃くなった。
 女の子の正体を知りたいからなのか、それとも、心に宿った甘い気持ちからなのか分からないが、心臓が高鳴った。
「この木は大きいから、大丈夫。そろそろ行かなきゃ、本当に遅刻しちゃう」
「え⁉私を独り、置いていくの?初めて来た土地で、独りきりでいなきゃだめなの?」
 また泣きそうになり、瞳をウルウルさせた。
しゅうくんは、その顔を見たらほっとけなくなった。頭をかいて、しばらく考えた後、ランドセルをらんぼうに雪の上に投げた。
 しゅうくんは、守ってあげたい気持ちと、学校を休む後ろめたさとが入り交じり、心中穏やかではなかった。
自分の心を落ち着かせるために、自己紹介をしてみた。
「ぼくの名前はしゅう。君の名前は?」
「私は雪子。しゅうって、よく見ると、服装も髪も変。髪がとても短い。私の姉妹はみんな、私みたいに長くって、赤いはおりものを着ているの。ぞうりの形もなんだか違うわ。それに声もずっと低いわ」
「この服はコートっていって、とても暖かいんだ。髪型は、人によって違うよ。ぼくは、短い髪の毛が好きだから切っているんだよ。」
「え?髪の毛を切るの?髪型を変えるの?」
「そうだよ。ほおっておくと、伸びちゃうし男の子は、短い子が多いよ」
 大きな目をさらに大きくして、言ってきた。
「髪が伸びることなんてないわ。生まれてから、このままよ。しゅうは男の子なの?」
「そうだよ。ぼくは男だよ。それから、はいているのは、ぞうりじゃなくて、長靴っていって、雪や雨から足を守ってくれるんだ。」
「姉妹から聞いたことあるけれど、男の子を実際に見るのは初めてだわ。それに面白い物を身に着けているのね」
 たくさんの姉妹に、髪や服装の認識の違い、さらに男の子を見たことない。
しゅうくんの中で、雪子ちゃんの正体が、形づいてきた。それを確信にしたいのと、雪子ちゃんのことを、ちゃんと知りたくて、もっと色々聞きたくなった。 
「雪子ってことは冬生まれなの?」
「私たち姉妹は、初冬ごろに生まれるの。生まれは北極。ある程度大きくなると、お母さんと、冬を知らせに、世界中を飛び回るの」
 今まで雪子ちゃんが、話した内容をまとめ、正体の輪郭がハッキリした。
 やっぱり、雪子ちゃんは、雪の妖精なんだ。
「ねぇ、変なこと聞いちゃってごめんね。雪子ちゃんって、もしかして、雪の妖精なの?」
「ちょっと違うかな。雪の妖精じゃなくて、冬を知らせる妖精なの。私たち姉妹は、日本では雪ん子って呼ばれることが、多いみたい。私たちは、お母さんが北極にある小さい氷にキスをすることで、生まれるのよ」
「みんな雪ん子なのか。名前も一緒なの?」
 雪子ちゃんは初めて、声を出して笑った。
「そうよ、みんな雪ん子。でも名前はちゃんとあるわ。私たちは、日本では妖怪って言われるみたい。お母さんは、雪女ってよばれているわ。でもそれは通り名で、ウィンって名前なの。私たちは、世界中を飛び回るの。そして、冬の訪れを広めるのよ。」
「とても重要なことをしているんだね」
 雪子ちゃんは、少し照れながら続けた。
「私たちの唯一のお仕事だから。でもね、生まれて直ぐには、世界中を回らないの。ある程度育つと、お母さんと一緒に移動するの。私はそそっかしくて、ついて行く許しがでるまでだいぶかかったわ。」
 しゅうくんは、雪子ちゃんに『そそっかしい』という言葉が、ぴったりだなと思いながら、口が緩んだ。
「お母さんは、冬を知らせるために、雪を降らせるのよ。私たちはその雪がないと溶けて、水になってしまうの。だから、日向にはいけないのよ。常に雪の上にいなくてはいけないの。毎年何人か、はぐれて溶けてしまうの。」
 突然、雪子ちゃんは、涙目になった。
「去年一番仲が良かったお姉ちゃんが、行方不明になってしまったの。もう溶けていると思うわ。私が今年から参加するって去年から決まっていたから、色んな世界の言葉を教えてくれたわ。あぁ私もスノーみたいに溶けてしまうのかしら。もっとお話し……」
話している途中で雪子ちゃんは、口をおさえた。
目を白黒させながら、しゅうくんの顔をのぞきこんだ。
「私が話したこと忘れて!お母さんに私たちのこと話しちゃいけないって言われていたんだったわ。どうしよう。怒られる。その前に一生会えないかもしれないのよね。怒られてもいいから、会いたい」
 大声で独り言を言っている。
 しゅうくんはその様子をみながら、家族とはぐれ、言っちゃいけないこと言ってしまう雪子ちゃんは、本当にそそっかしいなと思った。同時にほっとけない、可愛らしさを感じていた。
 普段なら信じない、奇妙な話が本当な気がした。それにずっと話していることと、つじつまが合っている。
「じゃぁ、ここだけのヒミツにしよう」
 そう言うと右の手袋を外して、小指を突き出した。
 雪子ちゃんは、小指を不思議そうに見つめた。
「指切りしよう。小指と小指をからめて、おまじないを唱えて、からめた指を放すと約束がやぶれなくなるんだよ」
「ここだけのヒミツ。約束。うん分かった」
 おそるおそる、しゅうくんの真似をして、小指をつき出した。
 お互いの小指をからめたらしゅうくんは、身体をふるわせた。雪子ちゃんの指が、氷のように冷たいのだ。
 雪ん子だけあるなと、納得した。雪子ちゃんの体温を感じながら、おまじないを唱えた。
「指切りげんまんうそついたらハリセンボンの~ます、指切った」
 にっこり笑った。雪子ちゃんもつられて笑った。
「姉妹以外とこんなに話したのは初めて!北極から出たのが初めてだからあたり前か。でもきっと、姉妹の中でも人間と話したなんて数人なんじゃないかしら。貴重な経験しちゃった。おかげで落ち着いたわ。ありがとう」
むぼうびな笑顔に、しゅうくんは顔が赤くなった。
学校の女の子と話していても感じない、ドキドキ感と、恥ずかしさがわいてくる。閉じ込めようと、その気持ちにふたをするのだが、すぐに開いてしまう。
しゅうくんが、ぼぉとしていると、雪がぱらついた。
 びっくりして、手を伸ばして空をキョロキョロ見たが、太陽が出ている。不思議がっていると、雪子ちゃんがクスクス笑った。
「私冬を知らせる妖精だから、雪を降らすことができるのよ。少ししかできないけど」
「すごいね!びっくりしちゃった」
 しゅうくんの素直な反応に、雪子ちゃんは恥ずかしさとうれしさで、はにかんだ。
「ありがとう」
 雪を降らせるまでの余裕が出てきた。それはしゅうくんのおかげだ。
 しゅうくんに親しみを覚えた。でもそれは姉妹やお母さんには、抱いたことのない感情だった。
 心臓が、せわしなく動いているのを感じる。
 しゅうくんと指切りをした時の、しゅうくんの熱い手の温度を思い出した。熱い物などが苦手な雪子ちゃんだが、しゅうくんの体温は心地よくて、胸がくすぐったくなった。
 顔が熱くなっていくのを感じる。雪子ちゃんは、「溶けちゃう」と小声で言いながらほっぺたを触った。
「どうかした?まだ不安なことある?」
 雪子ちゃんの挙動を見て、心配になった。
「だ、大丈夫何でもないわ」
「そか、ならよかった。今日はラッキーだな」
「何で?」
「雪子ちゃんに出会えた」
 微笑んだ口元が、微妙にひきつっている。
 しゅうくんは、雪子ちゃんが、お母さんたちが来たら行ってしまうか、万が一会えなくて雪と一緒に溶けてしまうことを、思うと心臓がにぎりしめられる思いになる。
友だちにもあまり自分の気持ちを素直に言わないが、後悔したくなくて、恥ずかしいことを口走ってしまった。
言った後恥ずかしくなって、しゅうくんは耳まで赤くなるのを感じた。耳を隠すために、マフラーを巻き直して隠した。
 雪子ちゃんはうれしそうに、聞いたことのない言語で歌いおどりだした。
 とてもゆかいなおどりで、歌の意味も分からなかったが、幸せな気分になった。
 楽しそうにしている姿を見ると、心が落ち着き、愛しいという気持ちがあふれてくる。
「あ、これが恋心か」
 抑えられない気持ちを、しゅうくんは無意識に呟いていた。雪子ちゃんには聞こえていなかったが、今まで知らなかった感情が、自分を飲みこもうとしている。その気持ちをかき消そうと、必死になった。
 雪子ちゃんは雪がなくては、生きていけない。それは必然な別れを意味している。
 好きになっても苦しいだけだ。でも一緒にいる時間を忘れたくないし、大切にしたい。
雪子ちゃんとの限られた時間を、かみしめることにした。
思っていることは、素直に言おうと決めた。
「雪子ちゃん」
「なに?この歌?」
「これはお姉ちゃんたちが歌って、おどっていたんだ。楽しかったから覚えっちゃった」
「うん、すごく楽しそうだね。そうやっている雪子ちゃんとっても可愛いね」
 雪子ちゃんは色白だったので、赤くなるのがすぐ分かった。
リンゴみたいな顔になって、棒立ちになった。姉妹とのほめあいには、なれているはずなのに、心がむずがゆくなった。
 雪子ちゃんは、恋を知らなかった。雪ん子はただ冬を知らせるだけの存在。自分も姉妹もそう思っている。それ以外は、北極で家族だけの時間を過ごす。世界中を飛び回っても、陰から人間を見ているだけで、人間と触れ合うことが珍しいのに、恋をしてしまった。
 雪子ちゃんは、しゅうくんに抱いた気持ちを、聞いたことがなかったので、恋をしているその気持ちの正体が、分からなかった。
 でも漠然と、家族に抱く気持ちとは違うのかなと思っていた。
 恥ずかしくて言葉が出ず、やっと蚊のなくような声で、ひとこと言った。
「ありがとう」
 雪子ちゃんがお礼を言った時だった。急に風が吹き、たくさん雪が降り始めたのだ。雪子ちゃんは、その雪を見て、安心した表情をうかべた。
天を仰ぎはしゃいで、叫んだ。
「お母さんだよね?雪子はここにいるよ!」
 すると降っていた雪が集まり、ゆっくりと人型になった。そしてだんだんと人の影が濃くなると、きれいな白地につるがあしらわれた着物に身を包んだ、美しい女性が二人の目の前に立っていた。
「少年よ。雪子をありがとうございます。どうやら雪子が自分の正体を言ってしまったみたいですね」
「お母さんごめんなさい」
 しゅうくんは目の前で起こっていることに、ただただ驚くばかりだった。
「本当なら記憶を消すこともできますが、二人の様子をしばらく見ていたら、記憶を消すのはあまりに酷だと。ですので、記憶はそのままにしておきますね」
「あ、ありがとうございます。ぼくこの記憶を消したくなくて。……でも、雪子ちゃんにはもう会えませんよね。たまたま出会えただけで」
 イヴェは、表情を変えずに言った。
「そうですね……これからの2人しだい、だと私は思っております。2人が今日のことをだれにも話さないこと、今の気持ちが薄れないこと、今の気持ちが何なのかそれぞれがちゃんと理解できるようになること。それらができるのであれば、いずれまた雪子に合わせてあげましょう」
 二人はだまってうなずいた。絶対守らなきゃと、気持ちがシンクロした。
 しゅうくんは力強く言った。
「ぼく、ヒミツも守りますし、今の気持ち大切にして、育てもします。ぼくはぼくの気持ちにちゃんと気づけています。初めての気持ちで戸惑っていますが」
 雪子ちゃんは、自分の中に芽生えた気持ちの正体が分からず、黙り続けている。
「さぁ、雪子行くわよ。時間はないわ」
「うん……」
 雪子ちゃんは、しゅうくんの方をちらっと見て、少し悲しげな、なごりおしいような顔をした。
 しゅうくんは雪子ちゃんが、元気に世界中を飛び回れるように、ニカっと大袈裟な笑顔を作って、大声で言った。
「元気でね!また、絶対会おう」
 親子が去ったあと、雪子ちゃんとの別れで心にポカリと開いた穴に、冬の冷たい風が通り抜けた気がした。

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